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2017年8月

2017年8月31日 (木)

さよなら、私の小さな「ゆうしゃ」さん。

『ドラゴンクエストⅩ』は、ドラゴンクエストシリーズ初の「オンラインゲーム」として登場しました。

「オンラインゲーム」の対極の位置にあるのが「オフラインゲーム」ですが、オフラインゲームとオンラインゲームの違いは、オフラインゲームは、インターネットに接続されていない、「プレイヤーが自分独りだけの閉じられた世界」であるのに対し、オンラインゲームは、インターネットに接続されている、「自分以外にも不特定多数のプレイヤーが存在する開かれた世界」であることです。


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オンラインゲームでは、「心」と「感情」を持った「生身の人間」との関わりが日常的なものとなるため、必然的に、「現実の世界」と同じような「人間関係」や「しがらみ」が生まれることになります。

奇しくも、「ドラゴンクエストⅩをプレイしてきた“軌跡”の中で訪れた、“奇跡”のようなお話。」というテーマで、プレイヤーが実際に体験したエピソードが、ドラゴンクエストⅩで公募されました。

そうして、たくさんのプレイヤーたちから寄せられた「冒険者たちのきせき」の優秀作品が、ドラゴンクエストⅩの公式サイト上で発表・公開されました。

「冒険者たちのきせき」 



…私自身もまた、「ドラゴンクエストⅩの世界」で、こんな「出会い」がありました。




さよなら、私の小さな「ゆうしゃ」さん。


その子…「ヒロくん」と出会ったのは、新年が明けた1月のある日のことでした。
いつものように退屈しのぎにサーバ1のグレンに行ってみたとき、レベル上げやコイン持ち寄りなどの無数の声に混じって、助けを求める小さな吹き出しが目に留まりました。
それが、ヒロくんでした。
なんのボスかはもう忘れましたが、いっしょに倒したあとに、お互いに「フレンド」になりました。

その後しばらくして、「どうしても大魔王を倒したい」という彼の強い願いを受け入れて、二人でラスボスに挑みましたが、あと一歩のところで全滅してしまいました。
当時はまだシナリオボスの難度を選ぶことができず、彼自身のレベルもまだ低くアンルシアも十分に育っていなかったので、それも無理もない結果でしたが、お金もみんな使い果たしてしまった彼は、「自分は弱くて手伝ってもらってばかりで、みんなに迷惑が掛かるから」と、そこでDQXを辞めてしまったのです。

それからいろいろ思うことがあり、私自身も1ヶ月半ほど辞めていたのでしたが、結局またすぐに帰ってきてしまいました。
すると、辞めたヒロくんもまた、ここに戻ってきてくれているではありませんか。
復帰した後にレベルと経験を十分に積んだ彼は、今度は誰の力にも頼らずに、たった一人で通常レベルの大魔王に打ち勝っていたのでした。
あのときは未熟だった彼も、久しぶりに再会したときは、私も見違えるほどに成長していました。
「ぼく、強くなったよ!」
そう誇らしげに話す彼に、私などが教えることはもうなにもありませんでした。


「おねえちゃん。ぼく、こんどのかきんが切れたら、ドラクエをやめるよ」

6月のある日、ヒロくんが私に言いました。
昨年の12月から彼といっしょにDQXを始めた同じキッズの友人たちも、もうだれもアストルティアからいなくなっていました。
シナリオボスが強すぎて、遊ぶ時間もお小遣いも限られている子供たちには、それを倒すための装備も高すぎて買えず、周りの「大人たち」についてゆけずにみんな辞めてしまったのです。

「おとなって、どうしてみんなひっしなの? まいにちレベル上げや金さくばかり。ぼくはただ、みんなといっしょに楽しく遊びたかっただけなのに」
ヒロくんがいっしょに遊べる「大人」は、私ともう一人の二人だけでした。
すでにキッズのフレンドがいなくなってしまったヒロくんは、持ち寄りやお金の授受はいっさい行わずに、自分が手に入れたカードやコインを、グレン1で募った野良PTの大人たちにすべてあげていました。
そして、ボスが倒せずに困っている人の声を街中で聴くと、自分のことは後回しにして、そのお手伝いに奔走していたのです。


DQXの課金が切れるのは、来月の10日のはずでした。
男の子が自分で決めたことだから、私は笑顔で彼を見送るつもりでした。
「さいごに、お別れにきた」
昨日の26日の夜のこと。引越ししたばかりの私の家に、ヒロくんがやってきました。
「ぼくがはやくやめないと、おねえちゃんはソフト買えなくて、おともだちといっしょに遊べないから。ギラうちたいんでしょ?」
その言葉を聞いて初めて私は、自分の行いが小さな彼の心を苦しめていたことに気がつきました。
Ver.3を買わないと「踊り子」に転職できないことに怒りを覚えた私は、抗議の意味も込めて、ヒロくんたちキッズの子たちがVer.3を買える日まで自分も買わないと勝手に決めつけていました。
「寂しい」という漢字も知らない、まだ小さな子供なのに。この子は最後まで自分のことより他人のことを考えて。私は、なんて偽善者だったのか。
私は生まれて初めて、ゲームで泣きました。両親が死んでも涙一粒も流せなかった薄情な自分が。
「さいごにみんなといっぱい遊べたし、おねえちゃんにも会えたから。さいごはここでおわるよ」


「おねえちゃん元気でね。バイバイ!」
そして、ヒロくんは、私のフレンドリストから消えました。


ゲームの中で強い人が勇者じゃない。
勇者は、だれかが困っているときに人知れず現われて、その人を救ったあとに、だれにも知られずに人波の中に埋もれて消えてゆく。
勇者は、自分が勇者であることをだれにも話さない。だから、だれも勇者のことを知っている人はいない。
だけど、私は知っている。
君が、本当の「ゆうしゃ」だったことを。


さよなら、私の小さな「ゆうしゃ」さん。


『あなたに会えてよかった。ありがとう、またね^^』
(ヒロくんが、私の家に残してくれたメッセージより)


…今日、Ver.3を買いました。
それが、昨日DQXを辞めてしまったヒロくんとの「約束」だったから。



(以上、原文ママ。『さよなら、私の小さな「ゆうしゃ」さん。』 2015年6月27日の記事より転載)



このお話は、「目覚めし冒険者の広場」の日誌の記事として、私が投稿したものです。

その後、「ヒロくん」とは、同じ「ドラゴンクエストⅩの世界」で再会を果たすことになります。


「おねえちゃんの『弟』になりたい」


そう言ってくれた「ヒロくん」に、私は、自分のサブキャラクターだった「チャスカ」を譲渡しました。

アストルティアに戻ってきた「ヒロくん」は、私の弟の「チャスカ」として、再び「ドラゴンクエストⅩの世界」でいっしょに遊ぶことになったのでした。


しかし。

私の一方的な裏切りで、純粋な彼の気持ちを踏みにじって傷つけてしまい、失望したヒロくんは、私の前から消えて、二度とこの世界に帰ってくることはありませんでした。

でも、それでよかったのだと思います。

「作られた世界」の中で、どこのだれだかもわからない、「作られた姿」の私と遊ぶよりも、「現実の世界」で、「本当の友達」といっしょに思いっきり遊ぶほうが、彼にとっては本物の「冒険」となるのだから。

ゲームの世界ではなく、リアルの世界で、もっとたくさんの人と出会って、別れて、本当の恋をして、そして、「大人」になってくれたら。



たくさんの想い出を、ありがとう。

ヒロくんこと、私の小さな弟、チャスカ。


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(C)2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.(C)SUGIYAMA KOBO(P)SUGIYAMA KOBO

2017年8月30日 (水)

人間大好き!犬のショコラくん

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子犬のころの「ショコラ」です。

撮影日は「2006年11月11日」となっているので、生後六ヶ月のころの写真です。



このとき私は、プラズマディスプレイを製作している大手電機メーカーの工場で、派遣社員として働いていました。

夜、仕事が終わって家に帰ってくると、自分の部屋の布団に「ミニチュアダックスフンドの子犬」が寝ていたので、びっくりしました。(ついでに、部屋のあちこちが「おしっこ」だらけで泣きました(笑))

ゲームボーイの中で「ミニチュアダックスフンド」を育てていた私の姪が、ずっと欲しがっていた「本物の犬」を、父親である私の弟から誕生日に贈ってもらったという話を聞いたのは、部屋に犬を置いて外出していた家族が帰ってきてからでした。


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そのときの子犬が、「ショコラ」でした。

ミニチュアダックスフンドは、他人を見ると激しく吠えたり、牙を剥いて威嚇するような神経質な犬も多いのですが、ショコラは、いきなり部屋に入ってきた見知らぬ人間の私を見ても、まったく怖がったり吠えたりすることもせず、細長い尻尾を振り回しながら、私に人懐っこく擦り寄ってきました。

大人になった今でも、「人間が大好き」なのは変わらず、知らない人が部屋に入ってきたりすると最初は警戒して吠えますが、害のない相手だということがわかると、すぐに打ち解けて、飼い主の私以上に他人に懐いて愛想を振り撒きまくります(笑)


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…それから11年後の現在。「大人になったショコラ」。(2017年5月撮影)



「犬」や「馬」、「イルカ」などの一部の動物は、人間に似た「知性」と「感情」と「心」を持っています。

それらの動物は、自閉症の子供や、障がい者、施設で暮らすお年寄りなどの心を癒す「アニマルセラピー(動物介在療法)」の動物としても活躍しています。


私自身も、馬の仕事をしていたときに、「障がい者乗馬」のお手伝いとして、「アニマルセラピー」を少しだけ経験したことがあります。

自分の力では歩くことができず、言葉も話せず、だれかの介護が常に必要なほどの重度の障害を持った子供が、馬の背中に跨って手綱を握っているときは、目が輝いて、はっきりと明らかに喜びの表情に変わっていることが、引き馬をして傍らを歩いている私の目にもすぐにわかりました。

付き添いのお母さんのお話でも、普段は嫌がって外にも出たがらないのに、「お馬さんに乗る日」は朝から活き活きとして、本当にうれしそうな顔で、自分から進んで施設の車に乗りたがるそうです。


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だれにでもフレンドリーで、相手が「人間」なら、男でも女でも、小さな子供でも大人でも老人でも分け隔てなく接し、身体のどこを触られてもまったく嫌がらないショコラは、「セラピー犬」としての素質も十分にありました。

ショコラが歯を剥きだして怒っているところは、これまでに一度も見たことはありませんが、命の危機に晒されるような目でも遭わない限り、ほかの犬や人を噛んだりすることは絶対にないと、飼い主である私も確信を持って言えます。

しかし、自分より身体の大きな犬…とくに「日本犬(♂)」が怖いらしく、散歩中に出会うと怖がって猛烈に吠え出します。

これもまた飼い主である私の落ち度により、「トイレの躾」も完全にできていないので、セラピー犬として、老人ホームなどの施設で他の犬といっしょに働くことはできません。

でももし、あのとき馬の背中に乗ってはしゃいでいた女の子がショコラに会ったら、きっと同じように「笑顔」を見せてくれるでしょう。



いつかそんな日が来ればいいなと願いつつ^^

2017年8月29日 (火)

「FIAT500C ジャッラ」エンジンオイル交換と、「黄色い太陽ジャッラちゃん」のお話。

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愛車「FIAT500C ジャッラ」のオイル交換に行ってきました。(…3ヶ月前のお話)


私の車はウェブサイト経由で、東京にあるFIAT正規ディーラーの「FIAT松涛」で購入しました。

12ヶ月点検は、その東京の購入店で行っていただいたのですが、オイル交換などの日常的な整備は、地元のFIAT正規ディーラーの「FIAT神戸西」でいつもお願いしています。

東京のお店のほうには、店内に「カフェ」が併設されていて、12ヶ月点検のサービスメニューとして、本格的な「子羊のムニエル」までご馳走して下さいました。

まあ、12ヶ月点検を受けるためだけに、わざわざ兵庫から東京まで自走してくる人間もそういないでしょうけど…(笑)

神戸のほうのお店にはカフェはないのですが、こちらのお店でも、来店したときにはいつも、コーヒーやソフトドリンクなどのおいしい飲み物とクッキーを提供して下さいます。

スタッフの方々も、こちらが恐縮するほどの丁寧な応対で、店内も、FIATのコーポレートカラーの赤と白を基調にした、シンプルでモダンな、お洒落な雰囲気のフロアになっています。


…作業は1時間ほどで終わって、いつものようにカードで支払いを済ませました。


<エンジンオイル交換>

整備料 2000円

パーツ代 「スポルトスポーツ」 2.5L 4500円

合計 7020円(消費税込)


という内訳です。

量販店に比べると少々割高なのかもしれませんが、やはり、FIATの自動車のことを熟知している正規販売店で整備を行ってもらうのは、料金に相応した「安心感」があります。



以下に写真を交えて、私の愛車「ジャッラちゃん」のことを少しご紹介します♪


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「ドア&トランクフルオープンの図」

FIAT500Cは、「ハッチバック」の通常のFIAT500とは違って、布製の幌を電動で開閉することができる「キャンバストップ」の屋根になっています。

このため、見た目も通常のFIAT500と比べてよりいっそう、「『カリオストロの城』でルパンが乗っていた車」…二代目チンクエチェントの「NUOVA 500」に近いものとなっています。

別に「ルパン」を意識して買ったわけではないですけど(笑)


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「内装」は、こんな感じです。

ハンドルとメーター、エアコン噴出し口とオーディオ周り、空調調整のダイアル部分は「アイボリー」で、それらが納められているインストルメントパネルは、ボディーカラーと同色の「黄色」で塗装されています。

丸みを帯びたデザインとも相まって、これを見た私の妹が、「かわいい~~!♪」と、女子高生のようにはしゃいで、写メを撮りまくっていました(笑)


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「二代目チンクエチェント」をモチーフにした、レトロ調デザインの計器部です。

外側のスピードメーターと内側のタコメーターがセットになった一体式になっています。

タコメーターの内側のユニットには、時計・燃料計・水温計・気温計・積算計・インフォメーションなどの情報が、数値と英文でデジタル表示されるようになっています。

この写真では、総走行距離「10000km」になっていますが、現在では「22000km」を越えました。


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「エンジンルーム」です。

上位グレードの車種には、85馬力を発生する875CC直列2気筒「ターボエンジン」が搭載されていますが、「FIAT500Cジャッラ」には、下位グレードとなる、1240CC・69馬力の直列4気筒「NA(自然呼気)エンジン」が搭載されています。

初期のモデルには、「1400CCのNAエンジン」が搭載されていました。

せめて1400CCのエンジンなら、もう少し馬力もあって楽だろうけれど、私は「ターボ車」よりも、ナチュラルなアクセルレスポンスの「NA車」のほうが好きだし、ストレスを感じるようなこともとくにないので、69馬力のエンジンでも十分満足しています。


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「アロイホイール」

アロイ=「合金」のことで、いわゆる「アルミホイール」のことなのですが、欧州車は歴史上の過程で伝統的に「アロイホイール」と呼ばれるようです。

タイヤサイズは15インチで、「FIAT500Cジャッラ専用」にデザインされた限定ホイールです。


…このホイールに関連したエピソードを少し。

昨年の年末、お世話になっているディーラーにパーツ交換で訪れたところ、いつもは見かけない、20代前半くらいの若い女性スタッフの方がいらっしゃいました。

そして、整備が終わって駐車場に出された私の車を見るなり、「きゃー、かわいい♪」と、黄色い歓声をあげていました。

フィアットのディーラーで働いているなら、店で売られている「FIAT500」なんていつも見慣れているはずなのになぜだろうと不思議に思い、その女性に聞いてみると、


「FIAT500ジャッラをずっと探していたんです!」


とのお返事が。

それまで、「黄色のフィアット500」は、限定モデルしか発売されていませんでしたが、2016年のマイナーチェンジから、限定色だった「黄色」も通常色として、カタログのラインナップに加わりました。

現に、そのときの店内でも、発売されたばかりの「黄色のNewフィアット」が展示されていたので、「別に『ジャッラ』でなくても、そちらの『新しい黄色いフィアット』を買えばいいのでは?」と思って訊ねてみると、


「黄色のフィアットには、『イタリアの夏の太陽』をイメージした、この限定ホイールを履いた『ジャッラ』じゃなければ、絶対ダメなんです!」


と、目をキラキラさせながら、興奮気味に語ってくれました。

なるほど。そう言われてみれば、このホイールのデザインって「太陽」だったんだなと、納得しました。


世の中の女性なんて、車になんか興味もない人が大部分だし、自動車のことも「足代わり」にしか考えていない人ばかりだと思っていたけれど、こんなに若くて可愛らしいお嬢さんが自動車のことを熱く語るなんて、まだまだ日本も捨てたものじゃないなと、ちょっと感激しました。


…その女性スタッフのお姉さんは、繁忙期だけのアルバイト? だったのか、その後は見かけなくなってしまいましたが、念願の「ジャッラ」を手に入れて、愛車といっしょにドライブを楽しんでくれていたら、私もうれしいのですけどね^^

私みたいな「おっさん」じゃなくて、あの女性のような「若くてかわいいお姉さん」が乗ったほうが、フィアットにも絶対に似合うし。

私があと20年若くて、勇気があったら、女性をドライブに誘ったのですけどね♪(笑)



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2017年8月28日 (月)

私が今の「日本車」を買わない理由

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現在、私は、FIAT500C「ジャッラ」というイタリア車に乗っています。

この車を購入した動機は、販売元のFIAT車の公式サイトで見かけて「一目惚れ」したからでした。

子供のころから、「フェラーリ」や「ランボルギーニ」、「アルファロメオ」などの「イタリア車」に憧れはあったものの、たまたま私が一目惚れした自動車が「イタリア製」だっただけで、「どうしてもイタリア車じゃなきゃやだ!」というほどの強い想い入れもありませんでした。



ただ、ひとつ言えることは、現在販売されている「日本車」には、まったく魅力が感じられないということです。

どうしても日本車を買わなければならないとしたら、現行モデルのマツダ「ロードスター」か、軽自動車なら、ホンダ「S660」を選びますが、それ以外の日本車には、はっきり言って乗りたいとも思いません。


現在発売されている日本製の自動車が、「世界トップクラスの性能」と「世界最高品質」であることは私も認めます。

大多数の日本人は、信頼性もない外国製の自動車よりも、同程度の値段であれば、燃費も良くて信頼性の高い日本車を迷わず購入するでしょう。

たしかに日本車はすばらしいですが、はたして、現在作られている日本車に「魅力」があるか? と訊ねられたら、私は疑問を抱きます。



しかしながら、そんな日本車も、景気が良かったころに作られていた自動車は、「魅力」のあるモデルがたくさん発売されていました。

個人的には、ホンダ「シティ」(1981年~)、三菱「スタリオン」(1982年~)、日産「R32スカイライン」(1989年)、二代目のトヨタ「MR2」(1989年)、二代目のトヨタ「スープラ」(1993年~)、六代目のトヨタ「セリカ」(1983年~)、ホンダ「S2000」(1999年~)や、最終型のマツダ「RX-7」(1991年~)などが大好きで、それらの自動車のプラモデルなども、「シンナー臭い」という両親の苦言に耐えながら、自分の部屋と指を塗料で汚して作っていたものでした。


とくに、革新的なロータリーエンジンが搭載されていた最終型の「RX-7」は、20年以上が過ぎた現代でもまったく古さを感じさせないどころか、イタリアなどの欧州の自動車と比べても見劣りしないすばらしいデザインで、もし、現代の技術で、当時のままのデザインの「RX-7」が発売されていたら、私は間違いなく、その「日本車」を購入していたでしょう。

しかし、後継車である「RX-8」は、おそらく性能的には段違いに優れていると推測しますが、デザイン的には、なんだかぱっとしない「普通の車」になってしまい、がっかりしたことを覚えています。



そのような「魅力」を自分に感じさせる自動車が、今の日本には、先述のマツダ「ロードスター」とホンダ「S660」を除いては、まったくなくなってしまったのでした。

景気が回復傾向と言われていても、私たち庶民レベルではほとんどそれも実感することはできず、以前よりも収入が減ったせいで、とくに「若い世代の人たち」が、贅沢品である自動車を買えなくなってしまったということを耳にしますが、今の若い世代の人たちが自動車に興味を示さなくなってしまったのは、本当にそれだけが原因なのでしょうか?


私には、かつての日本車のような「魅力」を持った自動車が、今の日本にはなくなってしまったことが、その最もたる原因のような気がしてなりません。

街中を見渡してみても、走っている車といえば、ハイブリットのエコカーか、人がたくさん乗れてえ~燃費も良くてえ~荷物もたくさん積めてえ~みたいな、同じような顔をした「四角い箱型の車」ばかり…。


とくに、今の日本車は「デザイン」が酷すぎます。

実際に乗っている方々には非常に申し訳ないのですが(汗)、苦情も覚悟のうえで言わせていただくと、現行の最新型の五代目「プリウス」なんて、「酷い」を通り越して「醜い」とも思えるデザインが、生理的にどうしても私には受けつけません。

前から見たら『スターウォーズ』に出てくる帝国人兵士の「ストームトゥルーパー」みたいな顔してるし、夜、後ろから見たテールライトのデザインなんて、何度どう見ても、やっぱり「イカの姿フライ」にしか見えません…。

最近発売された「PHVのプリウス」のほうは、けっこういいデザインだとは思いますけどね。



人間は二人しか乗れなくても、荷物はほとんど積めなくても、「こんな不便で、見た目ばかりで役に立たない高い車買ってどうするの??」と、彼女や奥さんに呆れられても、走っていても乗っていても本当に楽しくて、見ていてるだけでも満足で所有欲が満たされる、マツダ「ロードスター」や、ホンダ「S660」や、FIAT「500」のような車を、日本でももっと発売してくれたらいいのに…と思うのです。



…あ、FIAT「500」は、4人乗れます( ̄ー ̄)ニヤリ 広くはないけど

燃費だって、高速道路なら「20km/L」まで伸びるし。

新車で5000kmしか乗ってないのに、いきなりアイドリングストップが故障したけどね今までに4回も(笑)

まあ、2~3日放っておいたら、いつのまにか直ってるし(笑)、そんな気分屋なところも「かわいいイタリア娘の愛嬌」ということで許す☆

でも、アフターサービスは万全で、10万kmもしくは新車購入から3年間までは、どこがどれだけ壊れても無償で修理してくれます♪(ただし自然に壊れた場合に限る)



「FIAT500C」の記事を書こうとしたところが、全然別の横道に逸れてしまいました(笑)

その記事は、また今度に♪

2017年8月27日 (日)

「瀬戸大橋」&「しまなみ海道」ドライブ

本日の天候は晴れ。降水確率は0パーセント。

絶好の行楽日和のこんな日に、外に出ない手はない。

…というわけで、愛車FIAT500C「ジャッラ」ちゃんのパッセンジャーシートに愛犬の「ショコラ」を乗せて、四国方面へドライブに行ってきました♪


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目的地はとくに決めていなかったのですが、「瀬戸大橋」と「しまなみ海道」の動画を撮影したかったので、本州側の岡山県倉敷市から橋を渡って、四国側の香川県坂出(さかいで)市に向かいました。

その後、西の松山方面に車を走らせて、「タオル」の生産で有名な愛媛県の今治(いまばり)市に入り、そこから「しまなみ海道」で海を越えて、本州側の広島県尾道市まで戻ってきました。

「瀬戸大橋」の動画は撮影できたのですが、「しまなみ海道」のほうは全長が59.4kmもあり、デジタルビデオカメラの記録メディアの最大容量を越えてしまったので、残念ながら今回は撮影することができませんでした。


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写真は、四国側の今治市方面から眺めた「しまなみ海道」(一部)の遠景です。

この道の正式名称は「西瀬戸自動車道」なのですが、愛称として親しまれている「しまなみ海道」のほうが有名で、四国の今治市方面から順に、「大島(おおしま)」、「伯方島(はかたじま)」、「大三島(おおみしま)」、「生口島(いくちしま)」、「因島(いんのしま)」、「向島(むかいしま)」などの瀬戸内海に浮かぶ大小の島々を経由しながら、本州の広島県尾道市へと繋がっています。

日本の名だたる塩として知られる「伯方の塩」で有名な「伯方島」をはじめ、戦国時代の海賊「来島(くるしま)水軍」の本拠地だった「来島」などの島々が、水色の空を映した鏡面のように穏やかな瀬戸内海に点在しています。

高速道路でありながらも、区間中に存在する全10本の橋には、歩行者や自転車、原動機付自転車が走行できる側道がそれぞれに付設されていて、この日もサイクリング中の自転車がたくさん走っているのを見かけました。


…私はといえば、相変わらずのことながら観光にはまったく興味がないので、トイレとショコラの散歩以外には車の外に出ることもせず、朝からなにも食べずに、今日もひたすら12時間、車の運転を続けていました(笑)

およそ500キロの道のりを、ほとんど休憩もなしに運転し続けてもまったく疲れが出ないのは、さすがは「カロッツェリアの国」、イタリアの自動車だなと感心します。

この車の前に乗っていた軽自動車なんて、2時間も運転すれば腰が痛くなってしまったのに。

まあ実際には、「イタリア」ではなくて、「ポーランドの工場」で車を作っているんですけどね(苦笑)


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車内の様子です。

はじめのうちは、「ダンボール箱」の中に犬を放り込んでいたのですが、なんだか捨て犬みたいだし、おしゃれなイタリア車に「みかん箱」では、あまりにもみすぼらしいため(笑)、現在はこんなふうに、「ドライブ専用のキャリーボックス」にショコラを入れて走っています♪

リードにハーネス、うんち袋とペットシート、手入れ用具と、車内清掃用&ゲロ清掃用(笑)にハンディクリーナーも積んでいます。

幸い、ハンディークリーナーを使うことは滅多にありませんが、ショコラ先生がゲロを吐くような乱暴な運転では、ドライバーとして「失格」です^^;

歯もずっと磨いてあげてなくて真っ黒に汚れてしまっていて、飼い主としても失格ですね…(反省)


そんなショコラも、もう11歳。

犬の寿命は15年ほどなので、飼い主の私が事故や病気で死ななければ、犬のショコラのほうが先に寿命を迎えます。

もし、家族のいない私が先に死んでしまったら、あとに残されたショコラは生きてゆけなくなるので、それだけは絶対に避けなければなりません。

私もあと何年、何十年生きられるかはわかりませんが、私にとって、ショコラが最後のペットになるでしょう。

いつかは、そのときがくるけれど、それまでいっしょにできるだけたくさんの「思い出」を作ってゆきたいです。


今日は一日、おつかれさま。ショコラ^^

2017年8月26日 (土)

ブログは毎日、ゲームは時々。

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まったくの今さら感ありありですが、少し前のバージョンアップから、『ドラゴンクエストⅩ』の公式サイト「目覚めし冒険者の広場」のマイページに、「最後に冒険を中断した日時」が表示されるようになりました。


私の最終ログイン日時は、「2017/08/11 21:17」。


…前回のログインから、今日で15日間、ゲームにログインしていません。(ウェーイ!)

ブログの記事を書くだけで毎日が手一杯なためなのですが、ゲームをしないならしないで、それはそれで「当たり前のこと」のようになってきました。


魔女の私は、「こうげき魔力」を上げるためだけに毎日ログインして、リアルの世界で家が一軒買えるくらいのお金を貯めて、上等な錬金のついた高額の服やら杖やらの装備を何ヶ月もかかって買いそろえて、ようやく達したのが「こうげき魔力946」です。

それなのに、現時点での最高値は「こうげき魔力984」とか、いったいどうやったらそんなに上がるの?…みたいな強者が何人もいらっしゃって、きっと、毎日欠かさず金策やってコインボス持ちよってアクセ合成がんばってやっているんだろうな…などと考えると、なんだかしんどくなってきて、「魔法使いだけは誰にも負けたくない」と思ってやっていたことも、だんだんどうでもよくなってきました。


…これはあれだ! そう、あのとき。

20代のころ、ナムコの『リッジレーサー』に熱中していたとき。

何時間も家に閉じこもってゲーム内での「日本最速タイム」をやっとのことで抜き去って歓喜していたら、その「日本最速タイム」は、私が使っていた車よりもずっと遅い車で出されたものだったことを知り、「自分の走りをビデオに録画して何度も見直してタイムアタックに臨んだ」というレコードホルダーのドヤ顔写真付きインタビュー記事をゲーム雑誌で見たとき、

「たかがゲームでそこまでやって、ゲームの世界でいくら速くなったって、現実の自分は全然変わらないのに」

ということに気がついたとき、急に空しくなって、それからゲームをいっさいやらなくなった。

…あのときの感覚に似ているかもしれない。


「強さへの執着」は、その昔、「狩り」をしていたころの名残というか、「男の本能」です。

装備とかステータスやらをやたら気にしたり他人と比較したり、レグ4ダクキン4イカ4?も倒したぜ?…だのこだわるのは、ほぼ100パーセント「男」でしょう。


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…なので、いくら「見た目はかわいいエル子」でも、そういうシーンで「男の性」が現われてバレます(笑)

まあ例外もいるので、一概にそうとも言えませんけど。(←反論されないために「例外」という予防線を張っておく)


それはともかくとして、はっきり言って、『ドラゴンクエストⅩ』にも飽きてきましたが、私はこのゲームを辞めるつもりは今のところはありません。

レベル上げや金策だけがオンラインゲームのすべてではないし、気が置けないチームの人たちや、仲のいいフレンドさんたちといっしょに遊んだり、チャットしたりするのは、わたしにとって「楽しいひととき」ですからね^^


…あ、ちなみに、「気が置けない」という言葉の意味は、「緊張する必要のない打ち解けた人たち、気を遣う必要のない人たち、気心が知れて遠慮しなくてもいい人たち」というのが本来の意味ですので、誤解なさらないでくださいね♪

たまに、「気を許すことができない人たち」と誤用されている場合があるので(汗)


いい加減ゲームにもログインしないと、「ドラゴンクエストⅩの記事」も書けないし(笑)、リアルの時間が空いたときにでも、また気が向いたらインしま~す☆



(C)2017 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.(C)SUGIYAMA KOBO(P)SUGIYAMA KOBO

2017年8月25日 (金)

家庭という幸福と引き換えに手に入れた自由

郵便配達員として、地元の郵便局に勤めて7年と少しが経ちました。

競走馬育成騎乗員として北海道の牧場で働いていたときは正社員でしたが、週休1日で毎月15万円の給料だったので、当時の年収は単純計算で「180万円」ほどでした。

現在は正社員ではなく、アソシエイト社員という無期限雇用の契約社員として働いているのですが、完全週休2日制で毎月の給料は平均して30万円弱なので、ボーナスと併せると年収は「390万円」くらいと、7年前と比べて2倍ほども年収が上がっています。



それでも、日本人の平均年収である「400万円」にも届いていません。

46歳男性でこの年収では、よほど私自身に魅力でもない限り、もはや結婚相手として異性に選ばれる価値すらもなく、このまま孤独死することがほぼ確定しています(苦笑)

でも私は、結婚などという面倒くさいものにはまったく興味もないし、独りでいるほうが気楽で自由なので、今の状況が「幸せ」だと感じています。

年収390万円でも、独りで暮らしてゆくには十分な収入です。

その収入全てを自分一人のために使うことができるのですから。

むしろ、年収600万円の家族4人世帯よりも、経済的に下回っている独り暮らしの私のほうが、裕福な暮らしをしているのではないでしょうか。



しかし、人間、「お金」が増えると「贅沢」がしたくなるもので、7年前より収入が2倍増えて、生活も2倍楽になったのかといえば、実際はそうでもありません。

私にとっての贅沢の最もたるもの…「自動車」を買ってしまったために、出費も倍に増えてしまったからです。

260万円もするイタリア製の外国車(…平均年収以上のお金を稼いでいる人たちには、260万円の外国車なんて、そうたいしたものでもないでしょうけど)の新車を無理してローンで買って、その車の支払いと維持費だけでも、毎月6万円ほども掛かっています。


もし車を買わなければ、

6万円×12ヶ月=72万円

1年間で「72万円」ものお金が貯まっている計算になります。

自動車ローンは6年間なので、6年だと432万円に…。

まったく、贅沢で、もったいない話です。


でも、生活が破綻しているわけではないし、毎月2~3万円程度の貯蓄もできているし、いったん手に入れた贅沢を手放すこともできないので、あと6年はこのままの生活を続けてゆくでしょうね。



…まあ、いいんじゃない?

それが、「家庭」という幸せと引き換えに、私が手に入れた「自由」なのだから。


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かつての実家に咲いていた「母のバラ」。

バラを植えた母が亡き後も、毎年花を咲かせていました。

このバラも、今はもう咲くことはありません。

2017年8月24日 (木)

播磨人ウィルカの「播州弁講座」☆

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みなさま、こんにちは。ウィルカです。

『ドラゴンクエストⅩ』が生まれた日本では、「日本語」が公用語として話されていますが、その日本語には、話される土地ごとにたくさんの「方言」が存在しています。

みなさんがお住まいの地域でも、リアルの私が住んでいる地域にも、やはり「方言」があります。

アストルティアに住んでいるバーチャル世界の私は、「カミハルムイ王国エルトナ郡アズラン町大字おごそかな林道8081丁目の6番地」に住んでいますが、日本に住んでいるリアル世界の私は、日本の兵庫県の南部に位置する、人口27万人弱の「加古川市」という中規模の都市に住んでいます。

私は「神戸」で生まれましたが、神戸市に住んでいたのは生まれてから5歳までの間だけだったので、私にとっては、ここ加古川が「故郷」のようなものです。

加古川は、平安時代の伝説の陰陽師「安倍晴命」のライバルだった、「道摩法師(蘆屋道満)」の生まれた地でもあるのですよ。


旧「播磨の国」の一部であり、瀬戸内海に面した播磨平野に位置するこのあたりでは、昔から、「播州弁(ばんしゅうべん)」または「播磨弁(はりまべん)」という方言が、地元の話し言葉として話されていました。

「播州弁」は、おおもとの言語である「関西弁」に属していますが、関西弁にはない独自のイントネーションと単語も多く存在していて、大阪府東部あたりで使われている「河内弁(かわちべん)」とともに、「日本でもっとも『押しの強い言葉』」とも言われているのだとか?

「押しの強い言葉」などと、オブラートに包んだマイルドな表現がされていますが、本当は「ガラの悪い言葉」と言いたいのでしょうね(笑)

「播州弁」VS「河内弁」でケンカすれば、それはもう恐ろしいものになるでしょう。

そこで今回は、リアルの私が使っている「播州弁」と思われる言葉をいくつか挙げて、「ウィルカの播州弁講座」を少しだけやってみたいと思います♪




~とう
 (標準語訳:~している)

「やっとう」(やっている)、「聞いとう?」(聞いているの?)、という具合に使います。

この「~とう」という助動詞が、播州弁に特徴的なイントネーションを与えている話し方の元のひとつとなっています。

大阪などの標準的な関西弁では、「やってる」というように、「~てる」となります。



~け
 (標準語訳:~に、~か)

「ほんまけ?」(ほんとうに?)と、語尾に「け」を付けるのも、播州弁の特徴のひとつです。

疑問形で使われるほかにも、「ほんまけ」というように疑問符を付けずに話されることも多々あり、その場合は、「本当か」というように、「~か」と納得するニュアンスに変わります。

ちなみに、先述した大阪府の「河内弁」でも、「~やんけ」などと語尾に「け」が付けられて話されているのが興味深いです。



ごうわく
 (標準語訳:腹が立つ)

播州弁特有の言葉で、「あいつ、ごうわくのー!」(あいつ、腹が立つなあー!)という感じで使います。

日本語の「業を煮やす」が語源であると推測されますが、関西標準語が話されている都会の大阪の人たちに言っても、「?」という顔をされるのではないかと思われます。

ちなみに私は使いませんけど。



なんどいや
 (標準語訳:なんだよう)

ネイティブの私でも説明するのが少し難しい言葉なのですが、「なんだよう」とか、「なんだ」とか、「せっかく~したのに、期待が裏切られて、なんだよそれー」…みたいな感じで、ネガティブな場面で使われる言葉です。

「なんどいや」で、こんな話を聞いたことがあります。

おそらく、試合に負けたメンバーの一人が悔しくて、「なんどいやー!」と思わず地元の言葉で叫んだのでしょうね。

この言葉を初めて聞いた関東の人が衝撃を受けたらしく、「ドイヤーズ」という名前を自分の草野球のチームに付けたらしい…。(本当か?(笑))

ただし、相手にいきなり「なんどいや?」と言うと、「おまえなんや?」という意味のケンカを売る言葉になるので注意しましょう♪



だぼ
 (標準語訳:ばか)

これも播州弁特有のインパクトのある言葉で、日本語の「ばか」という言葉よりも、英語の「shit!」(くそ! ちくしょう!)の言葉のほうが、「だぼ」の持つニュアンス近いと思います。

「大馬鹿もの」という意味の「ど阿呆(どあほう)」が、「どあほ」→「だあほ」→「だぼ」に変化したのではないか? と推測されます。

「くっそ~ごうわく、なんどいや~、クソだぼっ!」

というように、先述の「ごうわく」や「なんどいや」と併せて使うと、怒りと悔しさと不快感と汚さがよりいっそう増します(笑)

現在でもさまざまな場面で、老若男女問わず使われている罵倒語です。私もよく使います独り言で(笑)(女子には、あまり使ってほしくない言葉ですけどね(苦笑))



べっちょない
 (標準語訳:大丈夫、問題ない、たいしたことない)

「べっちょないか?」(大丈夫か?)

「ああ、べっちょない、べっちょない」(ああ、大丈夫、大丈夫。)

という感じに使われます。

語源はおそらく「別状ない」で、「べつじょうない」→「べっちょない」に変化したものだと考えられます。

「おおきに」などと同じように、どちらかと言えば年配の人たちに使われる言葉で、若い世代の人たちは、ほとんど口にすることのなくなった方言です。

私も意味は知っていますが、日常の会話で使うことはありません。(あまり言葉の響きもよくないし、福島・宮城あたりの東北地方で使うとやばい言葉らしいみたいなので…)



めげる
 (標準語訳:壊れる)

物が「壊れる」ことを、地元の言葉では「めげる」と言います。

能動体では「めぐ」となり、「めげてもた」(壊れてしまった)、「めんでもうた」(壊してしまった)というように話されます。



…ほかにもいろいろあるのですが、とりあえず「ウィルカの播州弁講座」はこのへんで♪

『ドラゴンクエストⅩ』などのオンラインゲームも含めて、インターネットの世界では、私は「標準語」で会話と記述を行っています。

オンラインゲームなどでも、よく「関西弁」で白チャット(周囲の人にも聞えるチャット)で話している方々がいますが、

『関西弁使ってるオレって、おもしろくて、芸人みたいでええやろ? どや!』

みたいな、「これ見よがし感」と「あざとさ臭」がプンプンするので、関西人の私は、「関西弁」はインターネットの世界では使いたくないのです。(私の考え方が斜めなだけかもしれませんけどね(苦笑))

それに、かわいい「ウィルカ」にも似合わないでしょう?(笑)


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ほなね☆



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<おまけ>

「播州弁」ではないのですが、いっしょに触れた「河内弁」をモチーフにした『河内のオッサンの唄』というインパクトのある個人的に好きな曲がその昔にあったので(笑)、ユーチューブにアップロードされている動画を貼っておきますね♪

この「河内弁」もそうなのですが、私たちの使う「播州弁」も、関東圏の人たちには、「怒ってるみたいだ」と怖がられることがあるそうです。

でも、怒ってなんかなくて、これが「普通の話し方」なのですよ(≧∇≦)

やんけ~やんけ~やんけ~やんけ~そやんけワレ!♪



ミス花子 『河内のオッサンの唄』

2017年8月23日 (水)

現われた「顔」との契約

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あなたは、「夢」を見ています。

それは、なんの夢なのでしょう?


夢か現か、起きているのか寝ているのか、本当のところは、あなた自身にもよくわかりません。

そんなとき、あなたがいる部屋の、なにもない空間から、ひょっこりと「顔」が現われました。


「なんだここは? つまらぬ場所だな」

「顔」が言いました。


あなたの前に浮かんでいるその「顔」は、どんな顔だと思いますか?


「わからない……? おまえは、私の顔すら描写することもできないのか?」

「顔」は言います。

「それになんだ? このなにもない空間は? 以前のおまえなら、もっと賑やかに鮮やかに、この部屋を描けたはずだ」


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そうです。

その「顔」が言うように、あなたは、かつて持っていた自分の「能力」を、遊んで暮らしているうちに失ってしまったのです。

「このなにもない部屋も、私の顔も、今こうして喋っている言葉も、すべてはおまえ自身で描写している風景だ。おまえはその能力を失ってしまったから、私の顔もわからず、この部屋がどんなを部屋なのかも描写することもできなくなってしまった」


あなたが失ってしまった「能力」。

それは、「文章表現力」でした。

「音楽、絵、詩、歌、踊り……。私は、おまえたちが欲する『芸術』というものの、あらゆる『才能』を、それを欲した者たちに与えてきた。むろん、おまえが失ってしまった『才能』もだ」

「顔」は言います。

「だが。それには『契約』が必要だ。おまえの一日分の命と引き換えに、おまえが一枚の紙に書けるだけの『才能』をやろう。十枚なら十日分。百枚なら百日分。千枚なら千日分の命と引き換えだ」


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あなたは、自分の命を捧げても、その「顔」と「契約」を結びますか?

もし、失った『才能』を取り戻すことができれば、その「なにもない空間」がどんな部屋なのかも、その「顔」がどんな顔なのかも、あなたは描写することができるのです。


私なら。「契約」します。

その「顔」が誰だかもわからない、自分のいる「空間」がどんな部屋だかもわからない、こんな稚拙な文章しか書けない自分が、そんなものに落ちぶれてしまった自分が、本当に悔しいから。


「芸術」は、自分の命を削って産み出す作品です。

それ以外のものは、芸術のような見た目をした「贋作」です。

でも、「天才」と言われている人間はたぶん、その顔と契約など結ばなくても、芸術を産み出す才能を最初から持っているのでしょうね。

自分の命と引き換えに。


ゴッホの絵が「怖い」と感じるのは、たぶん、絵の具の中に自分の命と魂を混ぜて描いたからなのではないかなと思います。

だからこそ、強烈に見る人を惹きつけるのでしょう。

亡くなってしまった今でも。


私も、そんなものを書きたい。



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2017年8月22日 (火)

もう一人のウィルカ ~SEGA 『PHANTASY STAR (ファンタシースター) ONLINE2』 より

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かつて、『PHANTASY STAR(ファンタシースター)』という名のロールプレイングゲームがありました。

『ドラゴンクエスト』、『ドルアーガの塔』と並んで、私のゲーム史上で五本の指に入る、「名作ゲーム」のひとつです。

SEGAから発売されていたコンシューマゲーム機「セガマークⅢ」の専用ソフトとして制作されたロールプレイングゲームで、それまでの多くのRPGがモチーフとしていた、いわゆる「剣と魔法の世界」といった中世ヨーロッパ的な世界を舞台化したものではなく、私たちが住んでいる太陽系とは別の宇宙と次元世界をモデルにした、SF的な世界観を持つ異色のRPGでした。

その後、好評を博した『ファンタシースター』は、後発の新たなハードをプラットフォームに数々の続編が生み出され、1987年の誕生から30年が過ぎた現在では、『PHANTASY STAR ONLINE2 -PSO2 ファンタシースターオンライン2』として、「オンラインゲーム」に生まれ変わっています。



私は一時、ネットゲームの世界で知り合った男の子とともに、その子と同じ年頃だったころの私が遊んでいたRPGの最新作である『ファンタシースターオンライン2』に、二人いっしょにキャラクターを作って遊んでいたことがありました。

その世界での私の分身となるキャラクターも、やはり同じ、「ウィルカ」という名の女性でした。

『ドラゴンクエストⅩ』などと同じように、あらかじめ用意されているデフォルトのキャラクターをベースにしてキャラクターメイキングを行うのですが、PSO2では、背丈や体型のほか、顔のパーツなども大変細かく設定することができるので、他人と同じ顔ではない「自分だけのキャラクター」を、かなり自由に作ることが可能でした。

ちなみに、女性キャラクターなら、「バストの大きさや形」まで自在に変えることができます(笑)

「ニューマン」という、幻想世界の妖精である「エルフ」に似た外見を持つ種族で、メインクラス(職業)も、いわゆる「魔法使い」に相当する「フォース」という職業なので、「ドラゴンクエストⅩのウィルカを少し大人にした感じの女性」をイメージしてキャラクターを作りました。

そうして生まれたのが、「もう一人のウィルカ」でした。


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「ドラゴンクエストⅩのウィルカ」が、もう少し成長したら、こんな雰囲気の「日本美人的な大人の女性」になるのではないでしょうか?^^

現在は、「私の弟」として遊んでくれた男の子との繋がりも失い、オンラインゲームでありながら、ほかのだれとも関わりを持たずに、自分の気が向いたときにだけ、ほんの気晴らし程度に独りで遊んでいます。

レベル上げや金策などに勤しまなくても、現代のCG・ポリゴン技術を駆使した美麗なグラフィックで創られた架空の風景を、ただぼんやりと眺めたり、なんとなく散策しているだけでも楽しいものです。



最近になって配信開始された新ストーリー&ムービーを、30分程度プレイして録画してみました。

少々長いですが、もしよろしければご覧下さい♪



『ファンタシースターオンライン2 』(pso2) 「エピソード5」より



(C)SEGA

『PHANTASY STAR ONLINE 2』公式サイト
http://pso2.jp/

2017年8月21日 (月)

ディレクター「斉藤力」氏の辞任と、これからの『ドラゴンクエストⅩ』への願い。

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今さら知ったことなのですが、『ドラゴンクエストⅩ』のディレクター「斉藤力(さいとうちから)」氏が、現在の「Ver.3」を最後にディレクターを辞任し、ドラゴンクエストⅩのプロジェクトからも完全に退かれるそうですね。

辞任される理由は、「これから作ろうとしているヴァージョン4の図が、自分の中でどうしても描くことができない」という感じのものでしたが、『ドラゴンクエスト』という超名作ゲームのディレクターを務めるのは、ドラゴンクエストのブランドと歴史に恥じないゲームを作らなければならないという使命感に加えて、重圧と責任の重さも大変なものがあったと想像できます。

長い間、本当にお疲れ様でした。



個人的には、「大○○マ○○○○ラ」を倒すまでの「Ver.2」までの内容は、シナリオ的にもシステム的にもゲームの世界に没頭・感情移入できる優良なオンラインゲームだったと思います。

ですが、「Ver.3」になってから…



・時間がいくらあっても足りない、集めるのがただただ面倒くさい「宝珠」と「石版」の実装。

・長時間拘束される作業が苦痛なだけの「不思議の魔塔」の建設。頂上まで登りきったころには、「忍耐力」というリアルスキルが付与される。

・勇者の着せ替え衣装まで発売したのに、アンルシアの存在とともにいつのまにかみんなに忘れられている「王家の迷宮」。

・入るたびに生成されるインスタンスダンジョン&オートマッチングによるお手軽パーティプレイが楽しかった「魔法の迷宮」が改修もされずに放置され、気がつけば、コイン乞食しか住まない廃墟に。(コインを入れる人間が誰もいなければ、最初の扉に4人が揃う前に全員無言で抜けてゆくとかなんなの?w 私は、道中のパーティプレイをみんなで楽しみたいだけなのに…)

・新規ユーザーや初心者が楽しめるコンテンツがほとんどなくて死んでいるのに、ライト層には買えない高額な耐性100パーセントガード装備ありき&初心者お断りのワンパン即死ギズギスオンライン必須のコインボス増産と、「常闇の聖戦」なる高スキルプレイヤー向けエンドコンテンツを優先的に実装。

・廃装備のガチ勢から「ボスが弱すぎる」とクレームでもきたのか? メインストーリーのラスボスでもない中ボスクラスの敵に、ライト層&初心者では絶対に倒せない「フィルグ○ア」とかいう頭の壊れたアホみたいなボスを実戦配備。(しばらくたてば強弱の選択ができるようになるとはいえ、あまりにも酷すぎるレベル。あれで辞めてしまったキッズの子がいたよ…)

・ドラゴンクエストの世界にはそぐわない、園児のようなロリ高校生&ラノベから間違って飛び出してきた萌えキャラたちに、子供がプレイするにはよろしくないような描写やセリフを吐かせ(「アソコだよ、アソコ」とか)、お決まりのスクール水着、今はエロゲと一部のオンラインゲームの世界にしか現存していないブルマ・ジャージというおっさん趣味満開のアイテムを報酬にした「アスフェルド学園」を強引に開校。

・フィールドでモンスターをコツコツ倒しながらお金を貯めて装備を買って強くなってゆくのがドラゴンクエストの醍醐味なのに、メタキンコインばら撒きでレベル上げはダンジョンの中だけで完結&短時間でカンスト。せっかく用意された広大で美しいフィールドにはそして誰もいなくなった…。

・「戦士」と「占い師」が強すぎて、みんなこの職ばっかりな件。

・とにかく「日課」や「週課」を増やしすぎ。ゲームにログインしても、その労働作業で大半が費やされる。

・見ていて無性に腹の立つ「博士のダンスのしぐさ」の実装。



…最後のはともかく(笑)、以上に列挙した件が元でストレスが増大し、「Ver.3」になってから、『ドラゴンクエストⅩ』をプレイするのが「しんどく」なってしまいました。

「Ver.3」が発売されたとき、私は別の理由で一度このゲームを辞めていますが、実際、「Ver.3」になってから、「Lv.85」のまま離れてしまっているユーザーが多いのではないでしょうか?

後任のディレクターには、初期のバトルシステムプランナーだった「安西崇」氏が就任されるそうですが、新しい「Ver.4」では、みんなが本当に楽しめる「ドラクエあったけぇ~」の世界になってくれることを、ドラクエファンの端くれとして、切に願います。


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2017年8月20日 (日)

お日さまの下の「かき氷屋さん」

8月20日(日曜日) はれsun

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天高く昇った熱い太陽が、青い空の真ん中で、虹色の暈を通るいくつもの綿雲を真っ白な光で溶かしながら、眩しく輝いている夏の日。

今日は、労働組合開催の「夏祭り」に、運営スタッフとして参加してきました。


私の担当は、夏祭りで開かれた露店の「かき氷屋さん」。

力のある相方の男性が、手動のかき氷機のハンドルを回して氷を削る役目で、腕力のない私は、店にやってくるお客さんの応対と、できあがったかき氷にシロップを掛けて手渡す係です。

本格的なかき氷を作るのは生まれて初めての経験だったけれど(実際に作っていたのは相方の男性だけど)、素人の私たちが作ったかき氷を食べてくれたお客さん…、とくに、小さな子供たちが、「おいしい!」と言って喜んで食べてくれたのが、とてもうれしかったです。

できあがったかき氷を両手で大事そうに受け取って、「ありがとう」と返してくれる無邪気な笑顔が、大人の私たちにとっては、なによりの「報酬」でした。

こちらこそ、おっちゃん二人が作った不器用なかき氷を、おいしいと食べてくれて、ありがとう。


夏の最後に生まれる小さな「ツクツクボウシ」の声が、野原で遊ぶ子供たちの元気な声に混じって、三角のお腹を命いっぱいに震わせながら、近くの林で鳴いていました。

長かった子供たちの夏休みも、ツクツクボウシといっしょに、もうすぐ終わります。

大人になったら、今度は君が、みんなに「かき氷」を作ってあげてね。

バイバイ♪



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2017年8月19日 (土)

他人のために。自分のために。

以前にもお話したように、「1日1記事ブログに書く」と決めて、毎日記事を書き続けていますが、書くネタもない、書きたい気にもなれない今日のような日でも無理して書かなければならないのは、やはり辛いものがあります。

「書きたいときに書けばいい」というのが、一番気楽で楽しいことは自分でもわかっていても、いざそうしてしまうと、怠け癖のある私は、記事を書くのが面倒くさくなって遊んでしまい、せっかく始めたブログもそのままフェードアウトしてしまう恐れがあります。

よって、これも以前お話したように、気分が乗らない日でも、「なんでもいいから、とにかく書く」ということを義務付けています。

それは、自分にとっての「精神鍛錬」でもあるのです。



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しかし本当に、今日は何も書くことがありません(笑)

…いや、正確に言えば、明日の「労働組合のレクレーション行事」が憂鬱で、気分が乗りません。

せっかくの日曜日なのに、朝早くから起きて、会社の労働組合が開催する「夏祭りの屋台スタッフ」として働かなければならないのです。

大型書店のゲームショップで販売のアルバイトをしていた時期もありましたが、基本的に私は「接客業」と「営業」が大の苦手で、私がもっとも不得手としている仕事を無給で行わなければなりません。

しかしながら、労働者である私は、組合員として平素から労働組合には大変お世話になっています。

私には犬一匹以外に家族はいませんが、明日の夏祭りには、ほかの組合員のご家族の方々も多数参加されるので、小さな子供さんなど、屋台の催し物を楽しみにしている人もいるでしょう。

『ドラゴンクエストⅩ』ではキッズの子たちと遊ぶのが楽しいのに、リアルの私は、正直いって、子供はあまり好きではないのですが(汗)、これもまた、私に与えられた「精神鍛錬」のひとつとして、お世話になっている労働組合のためにも、そのご家族のためにも、明日は、せいいっぱい御奉仕させていただこうと思います。

そしてなにより、だれかのために奉仕することで、自分の気持ちが満たされるために。




ちなみに私の担当は、「かき氷屋さん」ですpenguin

電動のかき氷機ではないので、手動で100人分くらいは回さなければなりません(笑)

みぞれにメロン、レモン、ストロベリー、ソーダ。

カラフルで甘いシロップがたっぷり掛かった冷たい「かき氷」を、家族と食べた、あの夏の日。

今度は、オッサンになった私が、そのシロップを子供たちに掛けてあげる番。

じゃあ、張り切っていくか♪



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2017年8月18日 (金)

poco a poco

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私は昔、「風景描写」が得意でした。

「絵」による描写ではなく、「文章」による描写です。

頭の中に思い浮かんだ映像を、文字にして表現するのですが、手が勝手に動いてくれるので、私はそれを鉛筆でノートに書き写すだけで済みました。

しかし今では、それがまったくできなくなってしまいました。

私の脳が衰えてしまったのか、感性が下がってしまったのか、技量が落ちてしまったのか、美しい風景を見ても、愛らしい動植物を見ても、大好きな昆虫を見ても、昔のように、それを文章にして表現することができなくなってしまったのです。

語彙も乏しくなり、このブログの文章も、稚拙な表現しかできなくなってしまいました。



昔は、たくさんの「本」を読んでいました。

今はまったく本を読むことがなくなった代わりに、家電や自動車の「取扱説明書」ばかり読むようになっています(笑)

誰かが言っていましたが、「本は脳の栄養」だと思います。

本を読めば脳にも栄養補給ができるのかもしれませんが、サイトも直さなければならないし、ブログも書きたいし、ゲームもしたいし、車にも乗りたいし、やりたいことやしなければならないことが多すぎて、本を読む体力と気力がありません。

とくに、「長編小説」を読むのは、ものすごい時間と精神力を消費します。書くのはその3倍以上の精力を必要とするでしょう。

芸術は、自分の命を削って創り出す血の産物だと思います。

「~だと思います」というのを多用するのも、小学生の作文みたいで幼稚な書き方だと思います(苦笑)



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今日で「46歳」になってしまった私も、近年になってとうとう「老眼」が起きるようになってしまいました。

でも、「老い」は誰にでも必ず訪れるもの。

老化を拒絶して抗うより、それも自然と受け入れて、素直に歳を取るほうが、幸せに生きてゆけるのかもしれません。

あれもこれもとやるのは疲れるし限界があるので、文章能力の衰えも老化現象と考えて(笑)、今できることを「少しずつ」、やってゆくことにいたしましょう。


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2017年8月17日 (木)

魔女ウィルカの「占星術占い」☆

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みなさま、こんにちは。ウィルカです。

今日は、私用でお店を留守にしているグランマーズおばあちゃんの代わりに、魔女見習いの私が、使い魔のパリカールといっしょに、「グランマーズの館」のお店番をしています。

(写真は「別の魔女の館」ですけど、細かいことは気にしな~い気にしない♪)

でも。

お店に来るお客はみんな…。



「やっほ~! ハロハロ! こんにちわ~*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!o …ん~? なんか聞いてたより、ずいぶん薄暗くて陰気な店じゃね? ま、いっか☆ あのぅ、あたしぃ~、『占い師』になりたいんだけどお~? タロット占いってぇ…」

「いらっしゃいませ~♪ 神秘と魔法と夢占いの店、『グランマーズの館』にようこそ☆ ここは、グランゼドーラの母こと、魔女グランマーズが運営する『グランゼドーラの占いの館』です。当店ではタロットカード占いは行っておりません。占い師に転職ご希望の方は、『オルフェアの占いの館』へお越しくださいませ。オルフェアの町へのルーラストーンをご希望の方は、一回200000Gでの貸し出しサービスも行っておりま~す☆」(よく使うセリフ10 しぐさナイスポーズ…で登録と)

「はあ~? 夢占い? グランマーズの館? どうりでカビ臭い店だと思ったわw 今さら魔法なんて興味もないし? あほくさ。かえろかえろw」

(――ちっ。このオッサンホイホイの、ピンクピンクのゴスロリエルおじめ。おまえなんか、ダークドレアムの「悪夢の世界」に飛んでけ! バシルーラ☆)



…という感じで、オルフェアの町に新しい「占いの館」がオープンしてからというもの、来る客来る客みんな「タロット占い」と間違えて来る人ばっかり。

肝心の「夢占い」のお客さんは、だ~れも来なくなってしまいました…(涙)

「占いだけに、わしの占いは、安く売らない」

な~んて、「どっかの森にいるレンジャー協会の人」みたいな寒いダジャレを言って、お店の入り口の宝箱にあんな面倒くさいカラクリを仕掛けるから、ただでさえ少なかったお客さんがさらに減っちゃったのです。

おばあちゃんの仕掛けた魔法を私がこっそり解除して、だれでもお店に来られるようにしたと思ったら、今度はあんなお客ばかり来るように…。でも、おばあちゃんが、嫌気が差して出かけちゃうのも無理ないわ。



…あら? 愚痴をこぼしてる間に、また誰か来たみたい。

「いらっしゃいませ~♪ 神秘と魔法と夢占いの店、『グランマーズの館』にようこそ☆(~中略~)占い師に転職ご希望の方は…」

え? タロットじゃなくて、「夢占い」に来たですって?

わわわわわわわわ! もしかして、50年ぶりのお久しぶりのお客様!?

たたた大変失礼いたしました! ささ、狭いところですが、こちらのお席にどうぞ♪



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失礼いたしました。では改めまして。

私は、グランマーズの助手を務めております「ウィルカ」と申します。

本日は、遠路よりお越し下さいましたのに、あいにく、主のおばあ…いえ、グランマーズ先生は、別件でただいま席を外しておりまして、「夢占い」を行うことができません。誠に申し訳ありません。

ですが、せっかくお越しいただきましたので、夢占いではなく、「占星術」でもよろしければ、助手の私が占いをさせていただきますが、いかがでしょう?


あら? 「こんな子に、占いなんてできるのか?」…ですって?

失礼、私は相手の心を読むことができるのです。

貴方がた人間の年齢では、私は13歳~14歳くらいの子供に見えるでしょうけれど、こう見えても、グランマーズ先生とそれほど歳も違わないのですよ? 先生ほどの魔力はありませんが、私も魔女の端くれとして、多少の占いの心得もあるのです。


…なるほど。

以前はよく夢を見ていたのに、最近はほとんど夢を見なくなってしまった、と。

夢というものは、眠っているときに誰もが見ているもの。ただ、目覚めのタイミングで夢の内容を忘れたり、夢を見たこと自体を覚えていないこともあるので、それほど気にしなくてもご心配ありませんわ。

ではさっそく、貴方自身のことを占ってみましょう。

「パリカール、あれをこちらへ」



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…お待たせしました。

この円盤は「ホロスコープ」といって、貴方が生まれたときの星の配置を示したシートです。

1971年8月18日午前7時20分。

まあ、ちょうど明日が「お誕生日」でしたのね。おめでとうございます。

さて。黄金の国ジパングでお生まれになられた貴方の生まれた日と場所、出生時刻から、アシスタントのパリカールが作成したホロスコープがこちらになります。

「ふむふむ…。太陽が獅子座。月が蟹座。AC(アセンダント)は乙女座、MC(メディウム・コエリ)は双子座。第1ハウスの乙女座に天王星と冥王星。第3ハウスの蟹座に木星と海王星。第5ハウスの山羊座に火星。あとは、第9、10、12ハウスに星がありますが、とくに、第12ハウスの獅子座に、太陽と水星と金星の3つの星が入っていますわね。太陽と木星がスクウェア(90度)、火星と天王星がトライン(120度)のメジャー・アスペクトを形成し…」



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…あっ、ごめんなさい。つい、先走ってしまいました。

順を追ってお話しいたしましょう。

貴方もよくご存知の12星座のことを、私たちの世界では「サイン」と呼びます。

12のサインには、それぞれに定められた性質と性格があります。

占星術では、地球を除く太陽と月を含めた太陽系の10個の「惑星」で占うのですが、それらの星にもキャラクターがあり、貴方が生まれたとき、どの星がどのサインの中に位置していたかを調べることによって、おおまかな貴方の性質を知ることができるのです。


太陽は、貴方が持っている基本的な性質を示す惑星で、普段の生活で貴方が他人に見せている表面的な性格です。

あ、太陽は「恒星」なのですが、かつては「天動説」で太陽も地球の周りを回っていると考えられていたため、占星術では太陽も「惑星」とされているのです。

その太陽が獅子座にある貴方の性質は、活動的で創造的、目立ちたがり屋で他人に認められたいという承認欲求がおありのようですね。ですが、集団で行動するよりも、単独で行動することを好まれるのではないでしょうか?

また、プライドが高く、名誉や地位を重んじて、他人に使われるよりも、自分の意志が活かせる環境を好まれるようです。そんな貴方の欲求が満たせる仕事…、たとえば、政治家、職人、芸術家、学者、運転・操作関係などの職業が向いているでしょう。


表面的な性格を表す太陽に対し、月は、貴方の内なる性格…本来の貴方の性質を表します。

月が蟹座にある貴方本来の性質は、芸術的な豊かな感性に恵まれ、また、深い洞察力と鋭い勘を持った人で、初めて会った相手でも、相手の本質や性格を見抜く力を持っています。内気で敏感な性格なので、広く浅い人間関係よりも、自分の感性に合う、これと決めた人たちと、深く狭い人間関係を築くことを好みます。

神秘的な印象を他人に与え、カリスマ的な魅力を備えた人が多いのも特徴です。



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「AC」というのは、「アセンダント」のことですが、これは「上昇宮」ともいって、貴方が生まれたときに東の地平線上に昇っていた星座です。このアセンダントを知ることで、貴方の持っている本質的な性格、容貌などがわかります。

「MC」すなわち、「メディウム・コエリ」は天頂のことで、貴方が成すべきことや、人生の目標などが示されます。

乙女のアセンダントの容貌は、「おとなしい美人」。

知性と感性を司る乙女座のアセンダントの貴方は、知的で繊細な印象を与える容貌です。秘書体型なので、いくら食べても太れないのはそのためでしょう。

控えめで思慮深く、約束事も破らない貴方は誰からも信頼される人ですが、半面、几帳面で心配性なところもあります。


乙女座のアセンダントのあとに、貴方のメディウム・コエリには双子座が昇っていました。

双子座が持っているキーワードは、機知に富んだ、活気ある、好奇心、落ち着きがない、知性、知識、飽きっぽい、よく遊ぶ、機転が利く…などです。これらのキーワードから、貴方が成すべきこと、改めなければならないことを、これからの人生で探してみてはいかがでしょうか?



つぎに、「ハウス」です。

円盤型のホロスコープを時計のように12の部屋に区切って、「ハウス」という室に分けています。

12のハウスにも、やはりそれぞれに意味があって、たとえば第1ハウスは、金銭・所有のハウスとされています。貴方には第1ハウス以外に、3・5・9・10・12のハウスに惑星があります。冒険と旅好きで、知識と真理を追い求める「人生の旅人」とも言えます。…性欲もお強いようですね。

とくに、第12ハウスに太陽・水星・金星の三つの惑星が入っていることから、貴方の運命に一番影響をもたらしているのは、障害と魂、宿命とカルマを持つ、この第12ハウスだと言えるでしょう。

この12番目のハウスの中に入っているのが、自己と本質を司る太陽、知性と思考とコミュニケーションを司る水星、そして、愛と美を司る金星の三つの惑星です。

協調的で調和のとれた貴方は、たいていの人とうまくやってゆくことができますが、他人に振り回されて精神的に疲れてしまう場合もあるようです。

高い文章能力もお持ちのようですが、それを活かせる場と機会に恵まれない場合、貴方の才能も日の目を見ることもなく、地中深くに埋もれてしまうことになるでしょう。



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恋愛と愛情面では、プライドが高い貴方は、貴方が待ち望んでいる異性の理想も高く、たとえ、そのような異性が目の前に現われたとしても、内気な性格に相乗して自分からは心のうちを伝えることができす、その想いを内に秘めたまま悶々と苦しむ人のようです。

今まで、自分から異性に想いを伝えたことはないでしょう?

一匹狼的な生き方に憧れる反面、愛情に人一倍飢えている貴方ですが、障害と魂、宿命とカルマの星により、あなたの人生は常に孤独で、それが満たされることはない厳しい運命となっています。


たとえて言えば、「氷でできた心臓の中に、熱い炎が燃え盛っている」…という感じでしょうか。

心の内には、燃え盛る炎のような情熱を秘めているのに、貴方の知性と品性とプライドという厚い氷に阻まれて、それを表に出すことができないでいる。

炎と氷が互いを溶かそうとして鬩ぎ(せめぎ)あい、貴方は常に、理想と現実の狭間で「葛藤」という相手と戦っている状態です。

さぞお辛いことと、心中お察し申します。



最後に「アスペクト」です。

アスペクトとは、端的に言えば「惑星配列」のことで、星と星との角度を算出して、「緊張」と「調和」と「中立」の関係を見出し、未来の運勢や吉凶を占うものです。

これは、スピリチュアルな性質が強い「タロットカード占い」と似ているのかもしれませんね。

「アスペクト」のことについてもお話したかったのですが、残念ながら、そろそろ閉店の時間が近づいて参りましたので(…話すのがだんだんしんどくなってきたし、こんな長文読むのも大変だろうし(笑)、魔法と占星術の勉強も怠けてしていないので~)今回は、ここで終了させていただきたく存じます。



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「いかがでしたか?」

占星術は、紀元前2000年の古代バビロニアの時代から、現在まで続いてきた「学問」です。

何千年という長い歴史の中で培われてきた「統計学」に基づいた占いなので、当たっていることも多いのですが、一番大切なのは、今、貴方が生きている「現在」だと思います。

そういうわけですので、貴方の人生のひとつの道標として、よりよい方向に歩んでいけるように、私の占いをご参考に進んでくだされば幸いです。

「本日は、グランマーズの館へのご来店、ありがとうございました♪」



…って。

ああああ!!!

さっきの人から「お金」もらうの忘れちゃった~(;д;)

ちょっと待ってえええ~!!



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(おしまい)



魔女のウィルカは「魔法と占星術のプロ」ですが、リアルの私は「まったくの素人」ですので悪しからず(汗)

インターネットで作成した自己の「ホロスコープ」をもとに、自身の解釈で占いを試みたものです。本職の占い師による占い結果ではありませんので、あらかじめご了承ください。



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2017年8月16日 (水)

「黄色いユキヤナギ」 ~母と父と

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写真は、今から13年前の2004年7月に、母の実家のある三重県熊野市に家族で帰省したときに撮影したものです。

中央の水着の男の子は、私の甥にあたる妹の子供で、その後ろに背中だけ写っている青いズボンを履いた男性が、私の父です。

父の右側にいる赤い麦藁帽子を被った女性は、私の母の妹にあたる叔母で、その反対側に座っている黒い帽子の女性が義妹、画面左端に写っている男性が私の弟です。

下の写真で浮き輪を持っている女の子が、義妹と弟の子供です。

(これらの写真では個人の顔はわからないので、モザイクなどの画像処理はせずに掲載しています)

この川は、「大又川」という小さな川で、母の実家の近くを流れています。

上流にダムが建設されたため、母たちが子供だったころよりも水の量が半分以上も減って、水質も昔より落ちたそうですが、それでも都会の川とは比較にならないほどきれいで、今でも泳いだり、鮎釣りもできる清流です。


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生前、母は詳しく語ってはくれませんでしたが、叔母から聞いた話によると、母は子供ころに、この大又川で「河童」を見たことがあるそうです(笑)

写真の場所から少し離れたところにある、杉の木が密集した岩場の大きな石に、一匹の「河童」が座っているのを見たそうですが、母以外には誰もその姿を見た人はいませんでした。

母が、写真の姪よりも少し大きくなった中学生のころ。

叔母たちといっしょにこの川で遊んでいたところ、泳ぎの達者だった母が突然、悲鳴をあげて溺れはじめたそうです。

それを見た叔母たちはパニックになり、たまたま運よく近くの道路を歩いていた男性に助けを求めました。

驚いた男性がすぐさま川に飛び込んで、溺れている母を救い出してくれたおかげで助かったのですが、河原に救い出された母は、

「河童に足を引き摺られた」

と、泣きながら震えていたという話でした。



母も私も、霊を感じる「霊感」はありませんが、物の怪を感じる「怪感」(?)はあるようで、母の息子である私も、「妖怪のようなもの」に遭遇したことが過去にあります。

そのお話はまたつぎの機会にさせていただくことにして…。

写真に写っている、この小さな姪には、どうやら「霊感」があったようです。

姪は、「家におばあちゃんがいる」と、自分の母親にだけ話していました。

姪たちが住んでいた集合住宅に、たまたま同じように霊感を持った女性が住んでいて、亡くなった母が弟たちの背中越しに厳しい表情を浮かべて、

『お父さんのお酒を辞めさせなければ大変なことになる』

と、弟たちを見かけるごとに、自分の姿が見えるその女性に訴えかけていたそうです。

実際に、父は、最愛の妻である私の母を失った悲しみから、以前にも増して酒に溺れるようになり、とうとうアルコール依存症になってしまいました。

家族が制止しても、病院で薬を処方してもらっても依存は治まらず、アルコールで身も心も衰弱してしまった父は、母が亡くなった10年後に、あとを追うようにして亡くなってしまいました。



父が亡くなった当日。

前日に危篤の知らせを受けた私は、当時働いていた北海道から急いで飛行機に乗ったのですが、運の悪いことに大雪で飛行機の出発が遅れてしまい、一時間の差で、父の死に目に合うことができませんでした。

私が病室に駆けつけたとき、父の顔の上には、白い布が被せられていました。

その布をめくると、ひどく痩せこけた父の顔がありました。

どちら側だったかは覚えていませんが、父の目から涙が流れた跡があり、半開きになった口が微笑んでいるようにも見えました。



…父が亡くなる少し前、私は「夢」を見ました。

満開の桜の花が舞う下に、父と母がいました。

私は、その夢の中では、どういうわけか「女性」で、母が若いころに着ていた「黄色いワンピース」を着ていました。

私は愛用のデジタルカメラを持ち、幸せそうに寄り添っている二人を、カメラの中に収めました。

桜の下に、黄色い小さな花を付けた柳のような草木が茂っているのが見えました。

「ユキヤナギって、黄色やったんやなあ」

私が言うと、母が答えるように微笑み、夢から覚めました。

病室で看病していた叔母も、父が亡くなる少し前に、「夢」を見たと教えてくれました。

どこかの松林に、私の父と母がいて、父がおどけながら松の木の枝を剪定している様子を、傍にいる母が穏やかな顔で見守っていたそうです。



――やっと、お母さんに会えたんやな。

父の頬に残っていた「涙」を見たとき、私は確信しました。



私の妹と弟のそれぞれの家庭の事情により、父が亡くなったときから甥たちにはずっと会っていませんが、小学生だった甥は成人し、幼かった姪も、現在では高校生になっているでしょう。

お盆も終わりだというのに、両親の墓参りすら行っていない親不孝者の私ですが、離れ離れになってしまっても、私たち「家族」を今も二人で見守ってくれていたらと望みつつ、亡き両親への祈りとさせていただきます。


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「母と父」(1970年)

若かりしころの、父と母の写真です。

おそらく、撮影したのは私の叔母で、写真裏面に「70」と印刷されていることから、今から47年前の1970年に、母の実家で撮影されたものだと思われます。

当時、母が26歳、父が25歳で、母は父より一つ年上の「姉さん女房」でした。

中学校を卒業して15歳のときに、沖縄近くの島から集団就職で神戸の運輸会社に就職した父は、馴染みの喫茶店でウェイトレスとして働いていた母と知り合い、熱愛の末に結婚したそうです(叔母談)

そのときに撮影したものなのか、喫茶店で働いている母を「隠し撮り」したっぽい写真も、古いアルバムの中に紛れて残っていました(笑)

父は、このときから大型トラックやトレーラーを運転して働き続けてきた「トラック野郎」でしたが、年上の母にはいつも頭が上がりませんでした。

それにしても、派手な「紫の腹巻」が目に付きます。…流行ってたのかこれ?(笑)

空の上でも、二人仲良くお幸せにねheart04

2017年8月15日 (火)

亡き母からの電話

今から18年前。

まだ父が生きていて、実家でいっしょに暮らしていたときのお話です。



弟と妹はすでに家を出て、それぞれが別の場所に世帯を構えて生活をしていたころ。

20代も後半が過ぎていた長男の私は、結婚もせず、定職にも就かずに、当時はまだ現役で働いていた父に半分養ってもらうような状態で、気ままなアルバイト生活を送っていました。

その年の春に母が亡くなり、五人の家族が賑やかに暮らしていた古い家に残っていたのは、私と父の二人だけになっていました。



母が亡くなってしばらくが過ぎた日。

父が、お揃いの「携帯電話」を二つ買ってきました。

「なにかあったときの連絡用に」と、一つは自分用に、残りの一つを息子の私に手渡しました。

20世紀も終末に近づいていたそのころは、ようやく、「携帯電話」が世の中に浸透しはじめたときで、それまで一部の限られた人たちの間でしか使われることのなかったハイテク機器が、ビジネスマンをはじめ、主婦や学生まで、誰もが気軽に持てる時代へ移り変わろうとしていました。

もちろん、「スマートフォン」などはまだ登場しておらず、父が買ってきたその携帯電話も、小さなモノクロの液晶画面に数字と簡単な文字が表示されるだけの、デジタル電話機の子機を小さくしたような携帯電話機でした。

「電話嫌い」…というより、「人と話すのが嫌い」だった(…今でも独りでいるほうが好きなことには変わりないですが(苦笑))当時の私は、電話機に付属していた分厚いマニュアルを暇つぶしに読むだけで、せっかく父が買ってきてくれた携帯電話も、外に持ち歩くことはもちろん、父から連絡があっても電話に出ることさえありませんでした。



亡くなった母の「四十九日」が過ぎた、ある夜。

アルバイトが終わって、深夜遅くに帰ってきた私は、自分の部屋の充電器に立てたままにしていた携帯電話のランプが、赤色に点滅しているのに気づきました。


『1件の音声録音があります』


カセットテープのアイコンが、ファミコンのドット画のような荒い文字といっしょに、小さな液晶画面に表示されていました。

その音声が録音された日付は、「母の四十九日」の翌日。

妙な「予感」を感じた私は、それまでずっと見向きもしなかった携帯電話を耳に当てて、留守番電話の再生ボタンを押しました。



ピー。

5月○日。午前2時○○分。


ううううう。

ウィルカ…。ウィルカか?

…げんきか?…そうか、元気か…。

ううううう。

つらいよ、つらいよ。

うううううう~。


メッセージハ、イジョウデス。



その声は紛れもなく、亡くなったはずの「母」でした。


…なんで?


どうして、死んだ母から「電話」が??

電話のむこう側にいたはずの母は、私の名前を呼んで、苦しそうに何度も嗚咽を漏らしていました。

ふと見ると、音声録音といっしょに、見慣れない「電話番号」が表示されていました。

私は反射的に、その電話番号のリダイアルボタンを押しました。



プルルルルルルル

プルルルルルルル

プルルルルルルル

プルルルルルルル


ガチャ。


「あ、もし、もし? おかあ…」

「もしもし。ああ、ウィルカか?」

「え? …おばちゃん!?」



電話に出たのは、まだ生きている私の「叔母」でした。

「なんや~、おばちゃんやったんか!」

「電話の声の正体」がわかった私は、すっかり拍子抜けして、録音されていた声とは別人のように明るく話す叔母に言いました。

「お母さんから電話が掛かってきたかと思ったわ。おばちゃんの声、お母さんにそっくりやから」

「そうけえ?」電話の向こう側から、母も使っていた三重の方言混じりのうれしそうな声が聴こえてきました。

「いやな、姉さん(私の母)の四十九日の日になあ、店が終わってから独りでお酒のんで、べろんべろんに酔っ払ってもうてなあ…。姉さんのこと思い出して、どえらい悲しなって。それであの日、泣きながらあんたの電話に電話かけやったんやわ」



叔母は、私の母の妹にあたる女性で、母が生まれた三重県の実家近くで、小さなスナックを営みながら暮らしていました。

お客さんとアルバイトの女の子が帰ったあと、夜、亡くなった私の母のことを思い出しながら、独りでお酒を飲んでいたのでした。

「あんたが、母さんのこと一番わかってくれてたから」

内気でおとなしい母とは対照的に、叔母は活発で勝気な性格でした。

七つ違いの姉妹でしたが、子供のころから友達のように大変仲がよかったらしく、二人が結婚してからも、お互いの家をはるばる訪ね会うような間柄でした。

叔母は、「若いころの母そっくりだ」という長男の私のことを、昔から一番かわいがってくれていました。

そんな叔母の電話番号さえ、よく覚えていなかったなんて…。

私はそれから、自分の携帯電話に叔母の名前を登録しました。

その日以来、私は自分の携帯電話をちゃんと「携帯」して、父からの電話にも出るようになりました。



今でも相変わらず電話は嫌いで、仕事以外に自分から電話をかけることはしませんが、かかってきた電話にはきちんと出るようにしています(笑)

もし母がまだ生きていたら。

きっと、毎日叔母とおしゃべりをしていたでしょうね^^


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「母と叔母」(1970年)

若かりしころの、母と叔母の写真です。

向かって左が私の母、右が叔母です。

写真裏面に「70」と印刷されていたので、今から47年前、母が26歳、叔母が19歳のころの二人だと思われます。

三重県熊野市にある母の実家の庭先でのスナップ写真で、この写真を撮影したのは、当時母と婚約していた私の父だそうです。(叔母談)

この一年後に、私が生まれました^^

言われてみれば、私はこのころの母にそっくりだと思います。

どこに行くにも二人いっしょで、叔母にとって、いつもおしゃれで優しい母は、「自慢の姉」だったそうです。

背丈も同じくらいで、小柄な身体にワンピースを身につけて寄り添う「姉妹」が可愛いですねhappy01

この写真の二人が、私の中での「ウィルカとキリャ」のモデルになっていたり…するのかもかもね?(*^-^)

2017年8月14日 (月)

デスクトップPC「電源ユニット」交換

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私の愛用のパソコン(2012年製 ドスパラオリジナルPC 「Prime Galleria FZ」)で動画の編集をしていたら、突然、電源が落ちてしまいました。

「停電かな?」と思いましたが、同じ部屋の照明や他の家電の電源は落ちていなかったので、PCになんらかのトラブルが発生した様子。

電源ケーブルを抜き差して、電源スイッチを押してみても、まったく反応がありません。


――これは、「電源」が逝っちゃったかも。


嫌な予感がしました。

以前も、同じPCで突然、画面が真っ黒になって、なにも表示されなくなったことがあったのですが、そのときは「ビデオカード」の故障が原因で、新しいビデオカードと交換したところ、また元通りに画面が表示されるようになりました。

今回は、画面が表示されないどころか、PCの電源そのものがオンにならないので、「電源ユニット」になんらかの不具合が発生したことは、ほぼ間違いありませんでした。

幸いなことに、自宅のすぐ近くに「パソコン工房」があるので、ビデオカードが壊れたときと同様に、すぐさまその足で店に向かいました。

古い電源ユニットを、購入した新しい電源ユニットに交換すると、案の定、再びPCの電源が入るようになりましたgood

無事に起動するようになったのはいいのだけれど、なんの前触れもなく、いきなり壊れるのは、心臓にも精神的にもお財布にも「苦痛」です^^;


私のPCは、5年前のモデルとはいえ、当時のハイレベルの「3Dオンラインゲーム」がプレイできるように製作された「ゲーミングPC」だったので、『ドラゴンクエストⅩ』はもちろん、現在のゲームでも、なんの問題もストレスもなくプレイすることができます。

比較的ロースペックな環境でも動作する『ドラゴンクエストⅩ』では、むしろオーバースペックとも言えるくらいです。

ただ、今回のように何かトラブルが発生してパーツが交換という事態になると、高性能なパーツを使用している分、そのパーツにかかる費用も高額になり、別の意味でも私には「オーバースペック」とも言えます(苦笑)


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こちらが今回購入した、新しい「電源ユニット」です。

COOLER MASTER RS750-AMAAG1-JP 750W (台湾製)

¥12,938


「電源ユニット」は、その名の通り、PCに電力を供給するための「電源」です。

PCの本体である基盤の「マザーボード」をはじめ、そのマザーボードに接続されている「ビデオカード」や「ハードディスク」などのパーツに電力を供給する働きを担っています。

電源ユニットには、各パーツと接続するための電源コードが複数取り付けられていて、その電源コードのコネクタをそれぞれのパーツに差し込めば、電源ユニットの本体から電流が送られるようになっています。


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写真は、私が使用しているデスクトップPCの内部です。

左下角にある黒い箱が、「電源ユニット」です。

大変わかりづらいのですが、電源ユニットの上部に、有線接続用の「LANカード」と、サウンドプログラムが収められている「サウンドカード」があります。

左側中央部に位置している黒色の長細いパーツが、グラフィックを表示させるための「ビデオカード」で、さらにその上に見えている、扇風機のような冷却ファンと、銅色の管のようなものの下に、PCの頭脳ともいえる「CPU」が収められています。

右上角のエリアには、「DVD-R」などの外部メディア読み込み機器があり、右下角のエリアには、システムとデータを読み書きするための「ハードディスク」などを収納するスロットがあります。

「電源ユニット」を含め、これらのパーツはすべて、「マザーボード」という大きな基盤に接続されています。

配線をきちんと結束していないので、ごちゃごちゃしているように見えますが(汗)、デスクトップPCの内部はシンプルで、基本的な知識と数本の精密ドライバーがあれば、中学生でも自分でパソコンを組み立てることが可能です。

貴重な休日とお金を少し使ってしまったけれど、これでまた、ブログの更新や『ドラゴンクエストX』も遊べるので一安心ですhappy01



…と書いた昨日の記事が、これまた突然の「通信トラブル」で消えてしまいました(涙)

まあそのトラブルも、ブログの「ネタ」にできたので、いいですけど(笑)



Google AdSence

本日のブログの記事が消えてしまいました

2時間かけて書いた記事をアップロードしようと思ったら、通信エラーで全部消えてしまいました(涙)

日付も変わってしまったし(泣)

せっかく毎日欠かさず続けてきたブログに1日穴が空いてしまいましたが、明日も仕事だし、今日はこれで寝ますsad

2017年8月12日 (土)

お盆休みですね

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世間は、お盆休みですね。

郵便の配達をしていると、企業などはほとんどがお休みで、バイクで道路を走っていても、普段よりずいぶん道が空いているのが実感できます。

多いところでは、1週間から10日間ほども連休があるようで、お盆休みも正月休みもない私には、うらやましい限りです。

写真は、とある漁村にある、昔懐かしい丸ポストで、今でも現役でがんばっています。

いっしょに写っているバイクは、私が配達で乗っている最新式の郵政カブ「MD110」です。

MDとは、「メールデリバリー」の略で、ホンダのスーパーカブをベースに、郵便配達仕様に改造が施されています。 カブでも110ccなので、意外に速く走るのですよ💨

それでは、今日はこれで。

午後からも配達がんばります(^^)v

2017年8月11日 (金)

2013年~2016年「キュララナ水着コレクション」♪

先日のイベント「キュララな夏休み 2017 今年も海は大騒ぎ!」の記事では、「ワンピースの水着は今回のイベントが初」と書きましたが、「サブの水着」には、すでにワンピースの水着がいくつか採用されています。

そういうわけで、それらの水着も含めて、2013年~2016年に行われた過去の「キュララナ夏イベント」に採用された「キュララナ水着コレクション」を、こちらでご紹介させていただきます♪

…ただし、「レディース水着」のみで(笑)

だって、女性キャラしかいないし~?

私にとってはどうでもいい「メンズ水着」の画像は、ほかのサイト様でご覧くださいまし☆



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「レトロな水着」
 2013年

「夏だ! 水着だ! キュララナ海岸物語」でGETできた、ふくびき2等景品。

いわゆる「ハズレ品」の、ワンピースタイプの水着ですが、30年代~50年代を彷彿とさせるレトロ調のデザインが、今の時代にはお洒落な水着です。

朝が来るのを待って海辺で写真を撮ろうとすると雨が降りだす今日このごろ。



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「あぶない水着」
 2013年

「夏だ! 水着だ! キュララナ海岸物語」でGETできた、ふくびき特等景品。

こちらは「アタリ品」ともいえる、ビキニタイプの水着。

「あぶない水着」自体は、過去の『ドラゴンクエストⅡ』などでも登場していました。

とくに、「MSX版ドラゴンクエストⅡ」のあぶない水着は、その名に恥じず(?)、それこそ「18禁」にも指定されてしまいそうな「きわどい水着のムフフ画」までご丁寧に用意されていましたが(笑)、ドラゴンクエストⅩでのあぶない水着は、写真のように、「これのどこが『あぶない』んじゃああああ??? 責任者出てこい!!(#`Д´)」と怒りツッコミたくなるほど、普通に可愛らしい「パレオの水着」です。

「全年齢対象」のドラゴンクエストⅩでは、これが限界なのでしょうね…。

ちなみに、私がこのゲームをはじめたのは2013年の秋からで、2013年でもらえたイベントの水着は、この水着も含めて「課金」のものを買い揃えました(笑)



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「フラワーの水着」 
2014年

「釣りだ! 水着だ! ピチピチビーチ伝説」で獲得できた、ふくびき2等景品の水着。

ワンピースタイプですが、「レトロな水着」と同じく、ズボン型の形状の水着で、現代の水着のように露出の多いデザインではありません。

落ち着いた色調とシンプルな柄の水着です。



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「おしゃれな水着」
 2014年

「釣りだ! 水着だ! ピチピチビーチ伝説」で獲得できた、ふくびき特等景品の水着。

2013年の「あぶない水着」などよりも、こちらのほうがよほど「あぶないんじゃないか?」と言えそうなくらい(笑)、露出度の高いビキニです。

おそらく、世の殿方からの強い願望(クレームとも言う)により誕生したと思われる一品。

ダイナマイトバディの「オーガ女性」が着ると、それだけで悩殺されてしまいそうな、アグレッシブかつセンセーショナルな水着となっています。

髪飾りの「ハイビスコサージュ」は、同じイベントをクリアすると貰えた「ドレスアップ用頭装備」です。



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「あわあわの水着」 
2015年

「釣りだ! 水着だ! キュララナ海岸物語」での、ふくびき2等景品。

男女兼用のワンピース型水着で、とくに「プクリポ」&「ドワーフ」に似合いそうな、パステル柄のキッズライクなデザインがラブリーでキュート。

現在では、この「あわあわの水着」と「フラワーの水着」のみ、「ジュレットの町」でいつでも購入可能となっています。



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「リゾート水着」 
2015年

「釣りだ! 水着だ! キュララナ海岸物語」での、ふくびき1等景品。

2014年の「おしゃれな水着」のデザインをベースに、カラーリングとアクセサリーを変更したビキニの水着となっています。

ちなみに、「賢者ルシェンダ」様も、この水着をお召しになられておられます。



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「フリルのビキニ」 
2015年

「釣りだ! 水着だ! キュララナ海岸物語」での、ふくびき特等景品。

こちらが「本命」となる、2015年新デザインの水着。

薄緑色のカラーとフリルが印象的なビキニで、露出度はかなり高めながらも、デザイン的にも完成度が高く、いやらしさの感じられない開放的な明るいイメージで、大人はもちろん、子供にも似合う水着となっています。



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「スウィートビキニ」
 2016年

「キュララな夏休み 今年も海は大騒ぎ!」のイベントで獲得できた、セパレートタイプの水着。

それまでの水着にくらべて、露出度が抑えられた健康的なイメージの水着となっています。

この年から、「ふくびき景品」ではなく、「イベントクリア褒章品」になりました。

何度もふくびきを繰り返す必要がなく、簡単なクエストで楽に手に入れられることができるのですが、水着の種類も1種類だけとなり、少々寂しい感じがしました。

個人的には、カラーリングも残念…。



以上、2013年~2016年までの「水着コレクション」でした♪

これ以外にも「ウェットスーツ」と「足ヒレ」、「ビーチサンダル」や「アンクレット」などの装備も手に入れることができましたが、「水着」ではないために除外いたしました。



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ではでは、みなさま。

熱中症には十分にお気をつけて、よい「夏」を♪




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2017年8月10日 (木)

愛すべき「スライム」の世界♪

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みんな、出ておいで。

こわ~い、人間たちは、どこかへ行っちゃったよ。

朝までいっしょに、みんなであそぼ。



「スライム」といえば、『ドラゴンクエスト』ですが、もともとは、玩具メーカーの「ツクダオリジナル」から発売された、その名も「スライム」というおもちゃが、世の中に出た「最初のスライム」だったと思います。

蛍光グリーンの柔らかいゴムのような、半液体のゼリーのような、ねばねばした「得体の知れない物体」が、手のひらサイズのゴミバケツの中に入れられて、近所の駄菓子屋やデパートのおもちゃ売り場などで500円くらいで売られていました。

アメリカかどこかの工場で、化粧品か何だかの製造途上で出来てしまった偶然の産物らしいスライムには、 とくに決まった遊び方などもなく、ぶにゅぶにゅネバネバした中に指を突っ込んでみたり、ゴムっぽい臭いを嗅いでみたり、ひんやりした感触のいいそれを顔につけてみたり、女の子に投げつけたりして遊ぶ程度のシロモノでした。

手垢で汚れたら、スライムの身体に少量の水を付けて、スライムが入っていたバケツの中に放り込んでシェイクすれば元通りのきれいなスライムに戻った(…と思う)のですが、うっかり水を大量に入れすぎると、そのまま溶けて本当の液体になってしまうという惨事も全国で多発していましたたぶん。

その後に、「スロードー」という、スライムを少し硬めにしたメタルスライムのような(そこまで硬くはないか)ものも発売されましたが、そちらのほうはたいして人気が出なかった気がします。


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寝ぼすけさん。

こんなところにいたら、雨で溶けて、水たまりになっちゃうよ?

さあ、はやくおかえり。



1980年代のはじめごろだったでしょうか。

可動式の立方体を両手でカシャカシャと回して、各面(赤・青・緑・黄・白・橙)を同じ色に揃える「ルービックキューブ」というパズル玩具が「スライム」と同じころに登場して、当時の子供たち、とくに男の子の間で大流行した記憶があります。

そういえば、ルービックキューブを最初に発売したのも、スライムと同じメーカーのツクダオリジナルでした。

スライム同様に、オリジナルのものに便乗して、安価で粗悪なコピー品がたくさん出回っていたのを覚えています。

正規品のツクダオリジナルのルービックキューブは精密かつ頑丈で、子供の知力と腕力ではとても分解などできなかったのですが、まがい物のルービックキューブは価格も造りも安物なので、浅はかな子供の頭と力でも簡単にバラバラにすることができました。

強引にキューブを分解して、同色のシールが貼られたパーツ同士を組み立てなおして、6面の色を無理やり完成させたことにしたり、表面に貼られているシールを全部剥がして、同じ色のシールを各面にきれいに貼りそろえて、6面の色をフルコンプリートしたことにするという力技も可能でした。



…お話を「スライム」に戻しましょう。

そのスライムが、なぜか「ゲームのモンスター」となって、二次元の世界にも進出してきました。

ゲームに登場したスライムの元祖は、1981年に発売された『ウィザードリィ』というRPGでした。

その後、1984年発売の『ドルアーガの塔』でも、「スライム」が登場します。

ドルアーガの塔では、最弱のものから順に、「グリーンスライム」→「ブラックスライム」→「レッドスライム」→「ブルースライム」→「ダークグリーンスライム」→「ダークイエロースライム」と、6種類のスライムたちがいて、最強の「ダークイエロースライム」は、「メイジ」・「ドルイド」・「ソーサラー」・「ウィザード」の人間型モンスターのマジシャンが使う4種類すべてのスペル(呪文)を一匹で放ってくるという、とんでもないスペックのスライムでした(笑)

ほかにも、『ドルアーガの塔』と同じ1984年発売の『ハイドライド』シリーズなど、様々なPCゲーム&アーケードゲームに登場し、最後に(?)遅れて生まれてきたのが、1986年に発売された『ドラゴンクエスト』の「スライム」だったのです。


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ドラゴンクエストの顔とも言える愛すべきモンスターであると同時に、「スライム」と言えば、今では誰もがまず連想するのが、鳥山明氏デザインの国民的モンスター、この「ドラゴンクエストのスライム」でしょうね^^

(写真は、私の仲間モンスターの「エリザベス」ちゃんです♪)

私もスライム…とくに「スライムベス」が大好きで、レベル上げもしないで、エルトナ大陸のアズラン地方にいるスライムベスの寝顔を、一晩中観察したりして遊んでいました(笑)

これらの写真も、そうしたときに撮ったものなのですが、周りに他のスライムがたくさんいるのに、私が寝そべって見ているスライムを、わざわざ私の目の前で殺していく人が、たまにいました。

あれって、なんなのでしょうね?coldsweats01

ともかくも、ゲームの世界に生まれた冒険者たちが、まずはじめに出会うであろうモンスターが、これら愛すべき「スライム」たちなのです^^


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種族はちがっても、「ねがお」はみんな、おなじだね。

いい夢をみて、おやすみ^^




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2017年8月 9日 (水)

「ドルアーガの塔」で出会ったみなさんへ

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PCのディレクトリの中身をほじくっていたら、昨年撮影したらしい「ゲーム動画」が出てきました。

以前にも、何度かブログでご紹介したことのある、私が最初に遊んだオンラインゲーム、『ドルアーガの塔』の動画です。

「ドラゴンクエストⅩ」のブログなのに、今は存在しないオンラインゲームの記事を書くのも少々憚(はばか)りますが、ドルアーガの塔の動画を自分のブログに公開するのもこれを最後として、二つだけアップロードさせていただきました。

ゲームにログインする前の「キャラクター選択画面」と、ドルアーガの塔の世界での最大の都市「バビリム」および、隣接する闘技場への入り口となっていた「クァナンの船着場」の動画です。



「クァナンの船着場」からは、「オフランディヴィーヌ闘戯会」が行われていた「ザリーク・クァナン闘技場」へ入場することができました。

この闘戯会は、『ドラゴンクエストⅩ』の世界での「コロシアム」に相当するもので、NPCのモンスター相手ではなく、「生身の人間」が操作しているプレイヤーキャラクターを相手に戦闘を行う「対人戦」でした。

『ドラゴンクエストⅩ』のコロシアムと違う点は、「4人対4人」の少人数ではなく、1チーム30名×3チームによる、総数90名が入り乱れて戦う「大規模対人戦」であることでした。

毎週、日曜日と平日の2日間開催されていて、私は、ソーサラー(魔法使い)の「ウィルカ」で、リアル友人やフレンド゙さんたちといっしょに、この闘戯会に参加することが、なによりの「楽しみ」でした。

「対人戦」というと、「プレイヤー同士が殺しあう血生臭い戦闘」というイメージがありますが(…まあ、実際、「殺し合う」のですけどね(^^;))、「戦闘」というよりも「競技」に近く、私を含めた参加者たちも「運動会の競技」に出場するような感覚で、倒しても倒されても相手を恨んだり罵ったりすることもなく、お互いに対人戦を楽しんでいました。

…はじめのうちはね。



タイトルの写真は、闘技場前の「クァナンの船着場」で撮影したもので、右の白い服を着た人物がウィルカで、左側の赤い服を着た人物が、私のリアル友人です。

友人や同じチームのみなさんのおかげもあって、闘技会では何度か入賞もして、個人優勝もすることができました。

下の写真は、念願だった個人優勝を果たしたときに運営から戴いた褒章のマントです^^


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おそらく、「前世のウィルカ」は、トータルで3000人以上の人数を「KILL」したと思うのですが^^;、『ドラゴンクエストⅩ』の世界に生まれ変わった「魔女のウィルカ」では、一部の例外を除いて、対人戦である「コロシアム」にはいっさい参加していません。

もうだれも、殺したくはないの…。



そして、たぶん。

かつて同じ世界で遊んでいた方々も、「アストルティア」の世界に転生した人たちが、少なからずいらっしゃると思います。

もし、「ウィルカ」を見かけたら。

よければまた、この世界でもいっしょに遊んでくださいね^^




THE TOWER OF DRUAGA ~the Phantom of GILGAMESH~ 「キャラクター選択画面」


THE TOWER OF DRUAGA ~the Phantom of GILGAMESH~ 「バビリム」~「クァナンの船着場」

2017年8月 8日 (火)

「頭痛にバファリン♪」…と、アスピリンのお話。

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私は、子供のころから、「頭痛持ち」です。

実家に置いてあった薬箱の中の頭痛薬を消費していたのは、その大半が私でした。

「頭痛持ちで、おまえは女の子みたいやなあ」

と、母に言われていたのを覚えています。

男性である私には、頭痛と女性の関連性はよくわかりませんが、とにかく「頭痛」とは、昔からの長い付き合いでした。

私の頭痛は「慢性頭痛」ですが、心臓が脈打つごとに「ズキズキ」とした痛みが響くような強烈な頭痛ではなく、額から頭頂部にかけて、「じんわり」とした柔らかい痛みが長時間続くような穏やかな頭痛です。

それに加えて、頭痛が起きる頻度もそれほど多くはなく、せいぜい、週に1~2回程度のものなので、頭痛持ちだとはいっても、同じ症状を抱えている他の人たちに比べたら、まだまだ軽いほうだと思います。

市販されている頭痛薬にはいくつかの銘柄がありますが、私に効く頭痛薬は唯一「バファリン」のみで、その他の薬は、なぜかほとんど効きません。

以前、ためしに他人からいただいた他の薬を飲んでみたところ、なんとなく痛みが和らぐような気がするだけで、頭痛を消し去ることはできませんでした。

そのようなわけなので、いつもお守りに「バファリン」を持ち歩いているのですが、今日はうっかりそのお守りを切らしてしまっていて、じんわりとした頭痛に悩まされながら、炎天下の下、仕事を続けるはめになってしまいました。



では、どうして私には「バファリン」しか効かないのか?

気になったので、市販されている有名どころの頭痛薬の成分を、いくつか抜粋して調べてみました。



1.「バファリンA錠」 ライオン株式会社

(有効成分) アセチルサリチル酸 330mg   合成ヒドロタルサイト(ダイバッファーHT) 100mg

添加物として、トウモロコシデンプン、ステアリン酸Mg、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、酸化チタン、マクロゴール、青色1号を含有。


2.「ケロリン」 内外薬品株式会社

(有効成分) アセチルサリチル酸 600mg  無水カフェイン 60mg  ケイヒ末 60mg

添加物として、バレイショデンプンを含有。


3.「イブA錠」 エスエス製薬株式会社

(有効成分) イブプロフェン 150mg アリルイソプロピルアセチル尿素 60mg  無水カフェイン 80mg

添加物として、クロスカルメロースNa、無水ケイ酸、セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒプロメロース、マクロゴール、ステアリン酸Mg、タルク、酸化チタンを含有。


4.「ノーシン錠」 アラクス

(有効成分) アセトアミノフェン 300mg  エテンザミド 160mg  カフェイン水和物 70mg 

添加物として、ヒドロキシプロピルセルロース、ケイ酸Ca、アルファー化デンプン、ステアリン酸Mgを含有。


5.「ナロンエース」 大正製薬株式会社

(有効成分) イブプロフェン 144mg エテンザミド 84mg ブロモバレリル尿素 200mg  無水カフェイン 50mg         

添加物として、無水ケイ酸、ヒドロキシプロピルセルロース、セルロース、ヒプロメロース、タルク、ステアリン酸Mg、黄色5号を含有。


6.「セデス・ハイ」 塩野義製薬株式会社

(有効成分) イソプロピルアンチピリン(IPA) 75mg  アセトアミノフェン 125mg  アリルイソプロピルアセチル尿素 30mg  無水カフェイン 25mg

添加物として、カルメロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、ポビドン、ステアリン酸マグネシウム、結晶セルロース、トウモロコシデンプン、乳糖水和物、ヒドロキシプロピルセルロースを含有。



まだほかにも販売されていますが、とりあえずのサンプルはこれくらいにして、上の6つの頭痛薬に含まれている「有効成分」に注目してみると、「バファリン」と「ケロリン」には含まれていて、他の4つの頭痛薬には含まれていない成分「アセチルサリチル酸」というものがあることに気がつきました。

「アセチルサリチル酸」とは何ぞや?

調べてみると、


アセチルサリチル酸は、代表的な消炎鎮痛剤のひとつで非ステロイド性抗炎症薬の代名詞とも言うべき医薬品。ドイツのバイエル社が名付けた商標名のアスピリンがよく知られ、日本薬局方ではアスピリンが正式名称になっている。 消炎・解熱・鎮痛作用や抗血小板作用を持つ。

(以上、「ウィキペディア」より引用)


…なのだそうです。

「アセチルサリチル酸」は初めて聞いた言葉ですが、「アスピリン」は何度か聞いたことのある名前です。

おそらく、この「アスピリン」が、私の頭痛には効いているのだと思われます。

アスピリンは、頭痛や歯痛などの痛みを和らげる以外にも、血液をサラサラにする効能があり、「脳卒中」や「心筋梗塞」などのほか、「大腸がん」にも効き目があることがわかったそうだとか。

ただ、強い薬の例に漏れず、このアスピリンにも「副作用」がやはりあるようで、血液をサラサラにする反面、歯茎などから「出血」を伴ったり、その成分により胃が荒れたりなど「胃腸障害」も起こるようです。

幸いなことに、今のところ私には、これらの副作用は起きていません。

バファリンを飲めば、30分程度で頭痛も治まってしまうのですが、それでも痛みが治まらないときは、「風邪」など、他の病気にかかっていることがほとんどです。



ちゃららら、ちゃっちゃっちゃ~ん♪

ウィルカは、レベルがあがった!

ウィルカは、「アセチルサリチル酸」の呪文をおぼえた!



…というわけで(笑)

私に「バファリン」だけが効くのは、「アスピリン」のおかげだったのですね^^

「ケロリン」は今まで服用したことはありませんが、同じアスピリンが有効成分として含有されている頭痛薬なら、きっと「バファリン」と同じように効き目があるに違いないでしょう。



最後になりますが、この記事はあくまでも私個人の体感と主観によるもので、「バファリン」と「アスピリン」を賛辞し、他の薬と成分を貶めるものではありません。

薬の効き目には、体質や個人差もありますので、定められた用法を守り、正しく服用されることをお願いいたします。

2017年8月 7日 (月)

イベント「キュララな夏休み 2017 今年も海は大騒ぎ!」行ってきました♪

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毎年夏の恒例イベント「キュララな夏休み」に行ってきました♪

開催期間は、2017年7月26日(水) 12:00 ~ 8月7日(月) 23:59までということで、本日7日が最終日だったので、約2週間ぶりにDQXにインしました。

イベントをやるのは面倒くさいのですが、それでもらえる「水着」は絶対欲しいのです(笑)

キュララナビーチの海の家の「ムーロン」さん(写真左)と、人魚姫のなんとかさん(名前忘れた…写真右)のお二人も、今年もお元気で健在でした。

写真が「夜」なのは、インしたときのゲーム時間が夜だったからです。それだけです。

明るい昼間のほうが「夏」っぽくて、ビーチの雰囲気にもぴったりで、絵的にはきれいなのですけどね。



一昨年まで複数あった水着のデザインは、昨年からは、メインの水着1種類のみになっています。

「ふくびき」や「釣り」などをしてやっとのことでもらえたメインの水着も、キュララナビーチにいる「ナブレット団長」の簡単なクエストをクリアするだけでもらえるのは、楽といえば楽なのですが、今年のイベント自体、昨年の内容とほぼ同じだったし、正直なところ「手抜き感」が否めません。

まあ、複雑なイベントがあったらあったらで、「クリアするのが面倒くさい」とか言っているでしょうけどねたぶん(笑)


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2017年夏モデル☆今年の新作デザイン水着は、「夢見るスイムワンピ」という、ワンピースタイプの水着(男性は「灼熱サーフパンツ」)でした。

昨年まで、女性用の水着はセパレートタイプのビキニだったので、ワンピース型の水着は、このイベントでは初となります(学園の「スクール水着」を除く)

ビキニに比べると露出度も下がって男衆には少々残念かもしれませんが、ワンピースタイプの水着もオーソドックスかつ可愛らしくて、(・∀・)イイ! と私は思います。

パステル調のキュートな色合いで、ピンクのストライプが縦に入ったデザインに、襟と脚の部分に白色のフリルと、胸元と腰にスミレ色のリボンが飾りつけられています。


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ワンピースの水着と浮き輪の組み合わせは、少女的な容姿を持つ「エルフ」には、とくに似合いますね♪(もちろん「人間女子供」も)

「泳ぎ方」も種族ごとに異なっていて、人間に戻ったときは「クロール」、浮き輪や足ヒレなどを装着しない場合のエルフの泳ぎ方は「平泳ぎ」です。

毛玉種族のプクリポは「犬掻き泳ぎ」でした(笑)

その他の種族の泳ぎ方は確認していないのですが、「水の民」であるウェディだけは特別で、足ヒレを装着していなくても水中を速く泳ぐことができる(?)模様です。


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「ナブレット団長のイベント」とは別に、「ムーロンさんのイベント」も昨年と同様に用意されていて、オートマッチングによる8人PTでボスを倒すと、新しいしぐさ書の「かき氷」がもらえます。

昨年よりもボスの難易度は下げられている様子で、昨年はかなり苦戦した記憶があったのですが、今年は適当に攻撃していたら、いつのまにかボスを倒していました。

それじゃあ、「いただきま~す♪」


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「リアルの海」でも、また泳いでみたいな…yacht




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2017年8月 6日 (日)

FIAT500C車載映像 「蒜山高原 ~岡山県真庭市蒜山」

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8月4日金曜日の平日が仕事休みだったので、愛犬の「ショコラ」を連れて、岡山県の「蒜山(ひるぜん)高原」へドライブに行ってきました♪

地元の兵庫県から、「姫路バイパス」→「中国自動車道」→「米子自動車道」と乗り継いで、2時間少々で、岡山県の真庭(まにわ)市に着くことができました。

本来の目的は、鳥取県にある中国地方の最高峰(標高1729m)、「伯耆富士(ほうきふじ)」とも呼ばれる名峰「大山(だいせん)」の周遊道路の車載映像を撮影することだったのですが、曇りがちな天気で、残念ながら山の上半分が雲に隠されて見えなかったので、麓近くの「蒜山高原」のドライブ映像を撮影することに変更しました。

上の写真は「蒜山高原」ではなく、先に立ち寄った「大山」のスキー場付近で撮影したものです。



冷涼な蒜山高原では、上質のミルクを産出する「ジャージー牛」が多数飼育されています。

併設されている道の駅などの各施設では、牧場のジャージー牛から採られた絞りたての牛乳をはじめ、チーズ・バターなどの乳製品が売られているほか、牛肉料理やジンギスカンなどの名物料理も食べることができます。

また、「観光」もさかんで、夏は乗馬にサイクリング、冬はスキーも楽しむことができます。

かくいう私は、「食べ物」や「観光」にはいっさい興味がなく、朝ごはんも昼ごはんも食べずに、蒜山高原のドライブ映像をひたすら撮りまくっていました。

なにかに集中すると、食べるのもトイレに行くことすらも面倒くさいと思ってしまう人間なので(笑)、ショコラを散歩させるとき以外は車からいっさい降りず、11時間あまりも運転だけをしていました。

そのくせ、車が汚れるのは嫌で、休憩で駐車場に止まるごとに、せっせと愛車をタオルで磨いているという、おおざっぱなのか几帳面なのか、自分でもよくわからない性格です。

このような人間のため、だれかといっしょに旅行などをするのは同伴の相手にも申し訳なく(合わせるのも面倒だし)、また、独りのほうが気楽で自由に行動できるので、どこかへ遊びに出かけるときはいつも一人です。

遊びに限らず、ほかのだれかを自分から誘ったことは(気の置けない友人でさえも)、今まで生きてきた人生で一度もありません(記憶している限りではですけどね)



さて、当日撮影した映像を、日曜日の今日に編集を行いました。

これまた朝から今までずっと編集作業に没頭してしまい、気がつけば、今日もなにも食べていません(苦笑)

こんなふうだから、太れなくてどんどん痩せてしまうのでしょうね…。

太るのとは逆の意味で、体重計に乗るのが怖いです(汗)



「FIAT500C車載映像」の第三弾として、「蒜山高原のドライブ映像」をアップロードしてみました♪

今回はなかなかの「力作」(…だと自分では思う)なので、同じ道を二往復も走って何度も映像を撮りなおした甲斐もあったというものですrvcardash

押し付けがましいですが(汗)、よろしければご覧くださいませ♪




FIAT500C 車載映像「蒜山高原 ~岡山県真庭市蒜山

2017年8月 5日 (土)

FIAT500C車載映像「国道250号線 ~七曲り」

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兵庫県たつの市にある「御津(みつ)」のシーサードロードをドライブしてきました♪

国道250号線に存在しているこの道は、昔から「七曲り」と呼ばれていて、南岸に広がる風光明媚な「瀬戸内海」を臨みながら走ることができる快適な海岸道です。

ここは私の自宅から40キロほど離れた場所にあるのですが、長さにして10キロメートル弱くらい、アップダウンも少なく、片道1~1.2車線ほどのなだらかなワインディングロードであるこの道は、バイクに乗っていたときから何十回と訪れている、私の「お気に入りのコース」でもあります。

自動車の場合は道路の一車線を占有してしまうため、道幅を広く使って走行できるバイクほどのハイペースで走ることはできないものの、低~中速コーナーの連続しているこの道のようなコースにおいては、エンジンパワーの差はあまり問題にならないので、69馬力の非力な「FIAT500」でも、大排気量の車に劣らないペースで走ることが可能です。

実際、愛車の「ジャッラちゃん」でもこの道をよく走るのですが、前の車に追いつくことはあっても、後ろの車に追いつかれたことは、今のところはまだ一度もありません。(バイクには追いつかれてしまいますけどね)



ちなみに、上の写真は現地ではなくて、自宅の駐車場で撮影したものです。

「横顔」もまたかわいいでしょう?heart01

この「かわいらしい見た目」のせいなのか(?)、高速道路を走っていると、交通の流れに乗って普通に走っているのに、後ろの車に距離を詰められることがよくあります。

そうやって車間距離を詰めてくるのは、大きなワンボックス(今では「ミニバン」と言われていますね)の車であることが多いのですが、直線がほとんどのスピードの出る高速道路では、どうがんばっても大排気量車には負けてしまうので、腹は立ちますが、おとなしく進路を譲って差し上げるようにしています。

この「七曲り」みたいに曲がりくねった狭い道路なら、私のかわいいジャッラちゃんでも、そんな車には負けない自信もあるのですけどねangry

でも、公道でレースをするつもりはないので、いちいち相手にすることもありませんが( ̄▽ ̄)



愛犬のショコラをいっしょにドライブに連れて行くときは、専用のペットケースにショコラを乗せてというか入れて、助手席に座らせています。

そのショコラは、山道などで少しでも乱暴なハンドル操作をすると、「車酔い」してすぐにゲロります(笑)

なので、どんな道を走っても、隣に乗せているショコラがゲロらない運転を行うように心がけています。

急なハンドル操作を行うと、横Gが強力に掛かって同乗者が酔いやすくなるし、タイヤもよけいに磨耗するし、路面のグリップも失ってスリップしやすくなって危険も増します。

ショコラのゲロで車も汚れるし臭いし(笑)

「じわっと、なめらかに」運転する感覚で、これは自動車だけでなく、バイクも同じです。

ただ、バイクの場合は車体を傾けて曲がるので、正確には「ハンドル操作」とは言わないですけどね^^

私にとっては、犬のショコラが「運転技術のみきわめ先生」みたいなものなのです^^

「FIAT500C車載映像」の第二弾として、今回走行した映像をアップロードしてみました。

オリジナルの字幕スーパーも前回同様に付けていますので(笑)、またよろしければご覧下さいませ♪




FIAT500C車載映像「国道250号線 ~七曲り」

2017年8月 4日 (金)

平日のロングドライブ♪

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今日は平日の仕事休みで、天気もよかったので、愛犬のショコラといっしょにロングドライブ゙へ行ってきました♪

朝の8時に出発して、家に帰ってきたのは夜の8時。

トータルで30分ほど休憩しただけで、あとの11時間あまりはひたすら車の運転をし続けて、1日で600キロほど走りました(笑)

直線距離にすると、兵庫から東京あたりまで走ったことになります。

さすがに疲れて時間もないので、今日はこの辺でおきます^^

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2017年8月 3日 (木)

無名のおっさんの私がブログを書く理由

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あと1週間ほどで、ブログをはじめてから「2ヶ月」が経とうとしています。

6月11日のブログ開設から、毎日欠かさず記事の更新を行ってきたのですが、今になって感じているのは、ブログを書くのは思っていたよりもずっと「重労働」だということです。

仕事中も、「今日はどんな記事を書こうか?」とネタを探し、帰宅したらそのネタを記事にするために、1時間から3時間くらいかけて、頭の中の映像を文章として具象化する作業をします。

私は文章を書くのは好きなのですが、はっきりいって、ブログを書くのは「楽しい」というよりも、むしろ「苦しい」です。



今のブログには標準で「アクセス解析」が付属していて、いつ、どのくらいの人たちが、どんな媒体を使って自分のブログを閲覧してくれているのかが数値としてわかるようになっています。

それによると、私のブログを見てくれているのは総数で10人くらいで、そのうち、1日に訪れてくれる人(専門用語で「UU」=「ユニークユーザー」といいます)はその半分くらいの人数、1日に各ページを見てくれる回数(専門用語で「PV」=「ページビュー」といいます)は、多いときで70PVくらい、少ないときでは10PVを切るので、平均で20~30PVといったところです。

これが、著名なブロガー(ブログを書いている人をこう呼ぶそうですよ)や芸能人などだと、1ヶ月のPVが50万PV~100万PVほどにもなるそうです。

なんだか、「一般人」と「フリーザ」くらいの「戦闘力の差」がありますね(笑)

PV…ページビューの数値がブログのすべてを表すとは限りませんが、100万ものPVが集まるブログは、それだけの「人気」や「価値」があることを視覚的に示す、ひとつの指標となり得るものだと思います。



そして、私のブログは、「スクウェア・エニックスのオンラインゲーム『ドラゴンクエストⅩ』のプレイ記事ほか、個人日記的ブログ」と、一応は、「ドラゴンクエストⅩのブログ」というジャンルに無理やり嵌めていますが、その実態は、40も半ばも過ぎた「おっさんの個人日記」となっています(笑)

なにか役に立つような情報が掲載されているのかと思えば、そのようなものはほとんどと言っていいほどなく、私自身が過去に体験したことや、なんでもない日常のことなどを「日記」として書き綴っているだけです。

そのような「ただの日記」でも、「芸能人や著名な人たちの日記」ならば、ファンの方々はもちろん、一般の人たちも興味を持って、たくさんのユーザーがブログに訪れてくれるでしょう。

そのような有名人のブログのページに「アフィリエイト広告」が貼り付けられていたら、それだけで「月収100万円」以上~(ひょっとしたらもっと?)もの収入が得られ、「ビジネス」としても十分すぎるくらいに成り立ちます。

いっぽう、「広告」でお金を儲けているわけでもなく(…もっとも、そんな広告を今の私のブログに貼り付けたところで、数十円の稼ぎにもなりませんが(苦笑))、有益な情報を載せているわけでもなく、有名でもなんでもない「ただのひとりの人間」である私が、「ブログを書く理由」は、いったいなんなのでしょう?



私がブログを書く理由。

それは、


・「書きたい」から。

・自分が書いた文章を、「ほかの人に読んでほしい」から。(…願わくば、いつかは「広告」でちょっとのおこづかいも稼げたらいいな…とか)


この、「ふたつの理由」からです。



なにか「感動」するものと出会ったり、見たり聞いたりしたとき、人は、その感動を「ほかの人にも伝えたい」と感じます。

それは、すべての人間が持っている「感情」…、いえ、「本能」です。

その本能を満たしたいと思うとき、ある人は「絵」を描き、ある人は「写真」を撮り、ある人は「音楽」を奏で、ある人は「歌」を唄い、ある人は「詩」を詠み、ある人は「言葉」で話し、その「感動」をほかの人になんとか伝えようとするでしょう。

私の場合、それが「文章」なのです。

だから私は、無意味だと言われても、お金にならないと言われても、私の文章を読んでくださる人がいる限りは、文章を書きたいのです。

とはいえ、「感動」もないのに、ブログを毎日書くためだけにネタを探して無理やり記事を書くことは、私にとっては「苦痛」です。

けれど、それでも続けてゆきたいと思います。

そうすることで、この「ぐうたらな自分」に少しでも喝を入れることができるのなら。

今は少し辛いけれど、それがいつか習慣になって、当たり前のことになれば、「苦痛」も「楽しみ」に変わるかもしれません。

たまに疲れて、ほんとに「どうでもいい日記」などを書く日もあるかもしれませんが(笑)



そのようなわけですので、またこれからも読んでいただければ幸いです^^



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2017年8月 2日 (水)

フォトアルバム「春」公開しました

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三冊目のフォトアルバム、「春」を公開しました。

IXY DIGITAL500で撮影した残りの写真を、撮影場所は関係なく、「春」・「夏」・「秋」・「冬」の季節ごとのテーマに分けて公開させていただくことにしました。

…といっても、最初の「春」のアルバムには、「9枚」の写真しかありません(汗)



No.01~06までの写真は、地元近くにある「姫路城」で撮影したものです。

白塗りの漆喰で施された白亜の外観から、別名「白鷺城(はくろじょう、しらさぎじょう)」とも呼ばれ、奈良の「法隆寺」とともに、日本で初めて「世界遺産」に登録された歴史的建造物です。

古くは、播磨の国の守護赤松氏が築城し、その後、小寺氏、小寺氏から豊臣・織田・徳川家に仕えた黒田孝高(官兵衛)や、天下統一を果たす前の羽柴秀吉なども城主に就任しましたが、現在の姿になったのは、江戸時代に姫路藩主となった池田氏の代からでした。

老朽化により、2009年(平成21年)から2015年(平成27年)まで城の大修理が行われ、工事が行われていた6年間のうち、2010年春以降からは、城のシンボルである「大天守」に登ることも、外側から天守を見ることもできなくなっていました。

その工事が行われる年の春に、「見納め」として撮影したものがこれらの写真です。

一部、姫路城とは特に関連性もない生き物たちの写真も混じっていますけどねfish

現在では工事も終わって、すっかりきれいにお化粧直しされた姫路城の大天守が、よりいっそう白さと煌びやかさを増して、純白に輝いている優美な姿が見られます。



No.07と08の写真は、昔所有していた「YAMAHA XJR400R」というバイクで、東北・関東方面へソロでツーリングに行った帰り道に、静岡で撮影したものです。

それまで私は、スピードの速い「レーサーレプリカ」というタイプのバイクにずっと乗っていたのですが、バイク便のアルバイトをしているときに配達に立ち寄った店で、白馬のような純白のこのバイクに一目惚れをして、車を買うために貯めておいたお金を全額下ろして購入したのでした。

中二病の私は、このバイクに「スレイプニル(…北欧神話の主神「オーディン」の駆る灰毛の馬の名)」という名前をつけて(笑)、東北・関東のほか、九州や沖縄にも行ったり、西国三十三箇所のお札参りもしたりして、3万キロ以上の道をともに走りました。

静岡の「宇津谷」というところに、写真に写っているような光景の、旧東海道の宿場町の面影を残した集落があり、その付近の峠に、「宇津谷隧道」という古いトンネルがありました。

トンネルが作られた順に、「明治」、「大正」、「昭和」、「平成」と4つのトンネルが同じ場所に掘られているのですが、中でも一番古くて雰囲気のある「明治宇津谷隧道」を写したものが、下の写真です。



Img_0058


写真に写っているたくさんの「白い玉」のようなものは、カメラのレンズに付着した水滴が、フラッシュが発光したときに反射して映り込んでいるもので、けっして「オーブ」などという霊的なものではありません(笑)

しとしとと冷たい雨の降る日に独りでトンネルの中を撮影していたら、トンネルの向こう側からこちら側に出てきた通りがかりの自動車のドライバーたちに、ぎょっとした目で見られました。

あとで調べてみたら、案の定、「心霊スポット」にも認定(?)されているみたいで、傘もささずに人気のないトンネルの出口立っていた私のことを、「幽霊」かなにかと勘違いしたのかもしれません(笑)

私は「心霊スポット」を訪れたのではなく、「史跡」として残されているこのトンネルを訪れただけです。

鈍感な私には「なにも」感じられませんでしたが、このトンネルに伝えられているいわくの真偽などはともかくとして、なんでもかんでも「心霊スポット」と呼んで騒ぐのもどうかと私は思いますけどね…。

このトンネルを下った先に、6番目の写真の集落があります。



最後の9番目の写真は、三重県熊野市の山村にある、母の実家で撮影したものです。

母が生まれ育った家の庭には「茶」が植えられていて、ゴールデンウィークにバイクで帰省したときに、叔母たちといっしょに摘んだ茶葉です。

このあたりの家で飲まれているお茶は、緑茶ではなく「ほうじ茶」で、乾燥させた茶葉を燻って淹れると、緑茶と紅茶の中間のような、とても香ばしい芳香のするおいしいお茶になります。



…というわけで、フォトアルバム「春」 です♪

2017年8月 1日 (火)

気分が乗らない日は適当な文章でもとりあえずは書く

今日から8月ですね。

この間、年賀状の配達をしたばかりだと思っていたら、今年も半年以上が過ぎて、気がつけばもう8月です。

6月からはじめたこのブログも、「1日1記事」をノルマにして、今のところは毎日欠かさずに記事を書いているのですが、だんだん書くこともなくなってきました(笑)

いや、私は書くことが好きだし、ブログのネタも頭の中にはいくらでもあるのですが、書きたいと思っているネタはすべて「長文」なので、休日の時間のあるとき&気力がないと、なかなか文章にして表すことができません。

といって、適当な文章も書けないし、どうしたものかと葛藤しています。

もちろんブログはこのまま続けるつもりですが、私自身が著名人やかわいい女の子だったのならともかく、「おっさんの日記」なんて書いても喜ぶ人間なんていないだろうし、困ったものですgawk

でもまあ、無理すると続けられないので、「適当」でもいいから、毎日なんでもお気楽に書いてゆくのがいいのかなとも思います。

だいたい、今書いているこの記事だって、なんのテーマも中身もない、「適当な文章」ですしね(苦笑)

今日はどうも気分が乗らないので、このへんで♪


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「アオドウガネ」

昔、実家の庭に飛んできたブイブイこと、「アオドウガネ」くんです。

初夏から秋にかけて、市街地でも全国的に普通にみられる甲虫です。

植物の葉を食害するので「害虫」ですが、それは人間からみた言い方で、彼らからすれば、生きるために植物を食べているだけに過ぎません。

金属的な緑色の身体が、うっとりするほど「綺麗」ですよね☆

実際、うっとりして、指に掴まってくれているコガネムシくんを眺めていました。

…なんで「脚」を上げてるのかは知らないですけどね(笑)

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